笛吹きもぐらは旅をする

笛吹きの、慢性疲労症候群の療養日記。

2020-01-01から1年間の記事一覧

寒波

数年に一度の寒波がきているらしい。 午後になって強くなった北風は、夜に雪をつれてきた。そして朝日は雲を払い去り、凍えた朝は輝いている。 そういえば今年の春は寒かった。世界が一斉に息を止めた春は、温暖化が叫ばれる昨今には珍しい寒さだった。凍り…

六甲八幡宮

パンデミックの影響で今年は、初詣さえ自粛ムードだ。 空いていそうなタイミングを見計らって、お賽銭ぐらいは投げに行きたいなあとは思っている。でもできれば、初詣と言うからには、大晦日から三が日の間に行きたい。まあ、今年は我慢かな。妻とは「一月末…

灰色の窓

まだ長女が幼稚園に通っていた頃、園の向かいの公園の西側に、老婆が住んでいた。 お年は、八十ぐらいだっただろうか。腰は曲がっていたけど、えっちらおっちらと達者に歩いていらした。夕方に僕が長女を園に迎えに行くと、公園脇の道路の落ち葉を箒で掃いて…

落書き

目標へまっすぐに続く道をたどることは、それが最短距離なので一番だと、一般的には考えられています。しかし、ドローイングの文脈では話は別です。まっすぐに道を進む人は、イメージを考え作り出すためのさまざまなやり方をせばめることになってしまいます…

2020年、最後の須磨

「青年は荒野をめざす――」 プロフェッサーが低い声で呟いた。 ジュンはデッキから体を乗り出した。波の飛沫が、彼の顔を濡らした。彼は、まばたきもせずに、暗い海と空を見つめ続けていた。彼はいま、新たな荒野へ出発しようとしている痩せた狼のように自分…

二輪車

「やあ」と僕は自転車に呼びかける。「※★Φ!」「やめとけ。二輪車とは分かりあえないって。・・・」 「ガソリン生活」 伊坂幸太郎 朝日文庫 車が好きかと問われたら、最近は「嫌いじゃないよ」と応えることにしている。 僕はもともとバイク乗りだ。バイクの開放…

クリスマス

自分の運命を入れ換えてもらいたいあまり、彼が最後の祈りに両手を差し上げた時、彼は幽霊の頭巾と衣が変化して来たのを見た。それはちぢみ、へたへたと小さくなり、寝台柱の一本となってしまった。 「クリスマス・キャロル」 ディケンズ/村岡花子(訳) 新…

万年筆

試合が終わってから(その試合はヤクルトが勝ったと記憶しています)、僕は電車に乗って新宿の紀伊國屋に行って、原稿用紙と万年筆(セーラー、二千円)を買いました。当時はまだワードプロセッサもパソコンも普及していませんでしたから、手でひとつひとつ…

第九、ニューヨークの思い出

O Freunde, nicht diese Tone ! 「 Symphonie Nr.9 in d-moll op.125」 L. v. Beethoven 年末といえば第九、なんて微塵も思っていないくせに、街にクリスマスキャロルが流れる季節になると、無性に第九が聴きたくなる。第九とは無論、ベートーベンの合唱付交…

夢と親子丼

「本当は私あの学校に行きたくなかったの」と緑は言って小さく首を振った。「私はごく普通の公立の学校に入りたかったの。ごく普通の人が行くごく普通の学校に。そして楽しくのんびりと青春を過ごしたかったの。でも親の見栄であそこに入れられちゃったのよ…

サンタクロース

「ああ、私はこれっぽっちも眠れやしないよ」と彼女は宣言する。「私の心は野ウサギみたいにぴょんぴょん跳ねてる。ねえバディー、どう思う? ローズヴェルト夫人は明日の夕食の席に私たちのケーキを出すだろうかねえ?」 「クリスマスの思い出」 トルーマン…

コロナウィルス⑥

人混みをかきわけながら上を見上げると、通天閣の赤い光が目に射し込むように痛かった。目が慣れると、「日立コンピュータ」が、今日もいやに景気の良い明るさで、そこにあった。・・・ 「通天閣」 西加奈子 ちくま文庫 僕は、通天閣を見たことがない。 神戸に…

布引五本松ダム

この世界にあるすべては、イデア界にあるそれらのイデアの「影」だ。 「哲学大図鑑」 ウィル・バッキンガムほか/小須田健(訳) 三省堂 神戸三大クラシックダムのひとつ、布引五本松ダムは、生田川の上流にある。 石張りのフェイシングが美しいこのダムを僕…

市ヶ原

丹念に磨ぎ、少なくとも三十分はその水につけておいて火にかける。薄手のコッヘルで上手に米を炊くための技術はすでに身につけている。大切なのは火加減と水蒸気の圧力だ。そのために重要なことは、匂いと、音。コオロギの音色と共に米の炊き上がる音に耳を…

靴磨き

・・・「ねえ、女って一体何を食って生きてるんだと思う?」「靴の底。」「まさか。」と鼠が言った。 「風の歌を聴け」 村上春樹 講談社文庫 僕は年に二度、靴を磨く。梅雨明けに一度、年末に一度。でも今年は、夏には磨かなかった。コロナのせいでほとんど出か…

デジタルサックス、YDS-150。

トロンボーンのスライドオイルを買いにヤマハのお店に行ったら、新製品のデジタルサックス、YDS-150が展示されていた。世間で話題になっているらしいことは知っていたので観察していると、店員さんが「試奏しますか?」と勧めてくれたので、少しだけ試させて…

遠いところ

ぼくに与えられたぼくの一日をぼくが生きるのをぼくは拒む 「詩集 存在確率」 松村栄子 コールサック社 さあ、100本目だ。 最初に引用した詩に僕が出会ったのは、高校生の頃だ。松村栄子氏の「僕はかぐや姫」の作中で、尚子の詩として紹介されている。この心…

私は雲が好きなんだ、・・・あそこを、・・・ああして飛んでゆく雲、・・・あの素敵滅法界な雲が好きなんだよ! 「巴里の憂鬱」より”異人さん” ボードレール/三好達治(訳) 新潮文庫 ブログを始めるときに、一年以内に100記事を書こうと決めていた。最初の記事を投…

明石海峡大橋

走ることに慣れた 速さで息をする 見わたす町並何処へ進むのか 薄れがかる空 「かつて...。」 中野良恵 高校生の頃、通学電車の窓から海を眺めていると、ある日突然、海からにょっきりと柱が突き出した。 何ができるんだろうと訝りながら、毎朝その柱をなが…

有馬

ともかく温泉はすばらしい。・・・ 温泉は平和を作り出す。どこだって露天風呂の場所はにこやかな、平和に満ちたやすらぎの世界だ。どこの誰が温泉に入ったすぐ後で、怒ったり騙したり喧嘩したりできるだろう。精神安定剤としての効果を考えてみればまさに凄い…

すれちがい・こじれ

秋の夕ぐれにはきょう憎しみに変わった私の愛にくいあんちきしょうのうつむいた横顔 「川崎洋詩集」 川崎洋 ハルキ文庫 時々お邪魔している中学校の生徒さんはとてもしっかりしている。僕が関わっているのは吹奏楽部なのだけど、ほとんどの部員が毎日きちん…

西神中央公園

晴れた日の天はセルリアンブルー。雲は鉛。明暗の縞模様になって秋はふかまる。 「草野心平詩集」 草野心平 ハルキ文庫 西神の秋が好きだ。 春は一面薄紅に燃え上がっていた木々が、夏になると青葉が茂り、秋に重い橙に色づいて、冬ついに枯れ果てる。夏は暑…

もっこすラーメン

「だって君は最初から部屋の中にいたじゃないか。そこで手紙を書いていたんだろう」 彼は手を伸ばして、サングラスを外した。瞳の色だけは変えられない。「ギムレットを飲むには少し早すぎるね」と彼は言った。 「ロング・グッドバイ」 レイモンド・チャンド…

ハロウィン

「時」は燃えるローソクの滴のように無くなっていく、山々と森はその日々を持つ、それぞれの日々を。あなたがたは、どうぞ、モミから生まれた森の昔の軌道から、お願いです、外れていかないように。 「ケルトの薄明」 W.B.イエイツ/井村君江(訳) ちくま文…

居酒屋

両人対酌山花開一杯一杯復一杯我酔欲眠卿且去明朝有意抱琴来 「山中与幽人対酌」 李白 大きい仕事が一つ片付いたので、仕事仲間と居酒屋で飲んだ。 最後に表で飲んだのは、コロナの騒ぎがおこる前だから、もう一年ほども前になる。緊急事態宣言もとっくに解…

ハチ高原

「あれは何の火だろう。あんな赤く光る火は何を燃やせばできるんだろう。」ジョバンニが云いました。「蝎の火だな。」カムパネルラが又地図と首っ引きして答えました。 「銀河鉄道の夜」 宮沢賢治 新潮文庫 知り合いに仕事の手伝いを頼まれて、ハチ高原に行…

PIZZA HOUSE PINOCCHIO

そこでこの読本の唯一の教訓はこうである。伝達ではなく、表現の文章を綴ろうとなさる方は、各自、自分用の文章読本を編まれるのがよろしい、と。そのためにはやはり、表現のために書かれた文章を数多く読まなければならないが。 「自家製 文章読本」 井上ひ…

カメラ

「我々の調査によれば、それはこの六ヵ月以内に、完全なアマチュアによって撮られた写真だ。カメラは安物のポケットサイズだ。撮ったのは君じゃない。君はニコンの一眼レフを持っているし、もっとうまく撮る。この五年間は北海道に行ってない。そうだね?」 …

ピッコロ

「苦労をしたことは一度もない」 きっぱりと赤音さんは言った。「ただ、努力はしたがね」 「クビキリサイクル」 西尾維新 講談社 先だって、指導のお手伝いをしている中学校の吹奏楽部の発表会が終わった。それは三年生引退の節目でもあった。コロナの影響で…

家系ラーメン

「わかりました、気をつけます。おれ、生まれつき水が好きなもんですから」「そう。そんなに水が好きなら、お酒なんか飲まずに水を飲んでりゃよかったのに」「そうですね」 「今夜、すべてのバーで」 中島らも 講談社文庫 家系ラーメンが好きだ。 横浜に長く…