「ああ、私はこれっぽっちも眠れやしないよ」と彼女は宣言する。「私の心は野ウサギみたいにぴょんぴょん跳ねてる。ねえバディー、どう思う? ローズヴェルト夫人は明日の夕食の席に私たちのケーキを出すだろうかねえ?」
「クリスマスの思い出」 トルーマン・カポーティ/村上春樹(訳) 新潮文庫「ティファニーで朝食を」より
北野の街は、年に一度、サンタの集団に襲われる。サンタは窓からぶら下がり、看板に上り、ビールを飲んだり飛び跳ねて踊ったりする。
今年のサンタはちょっと特別だ。青い服を着ている。医療従事者への感謝を表現しているらしい。サンタもコロナに罹ることがあるのだろうか。テレワーク中のサンタがいた。パソコンの画面を覗き込むと、藤井棋士、管首相、大阪選手と会談中である。ワクチンのプレゼントの相談かなあ。今、一番ありがたいプレゼントは、何事もない平穏な日常だろう。年末までに、世界中の子どもに届けてくれると嬉しいのだけど。
クリスマスといえばプレゼントと、ケーキ。
僕の祖父は熱心な仏徒で、異教の祝日を祝う習慣をもたなかった。しかし、運転好きの祖父のところへカーディーラーがお礼と称してケーキを届けに来るのが我が家の年末の風物詩で、それが当たり前のように24日に届くものだから、その日は夕食後にケーキを食べることになっていた。僕が実家でホールのケーキを見るのは、多分この日だけだったと思う。祖父は十年前に死んだ。ケーキに限らず、甘いものを好まない祖父だった。時々客人からもらう甘味は、たいてい孫の僕の口に押し込まれた。飽きた。だから僕も甘いものが苦手だ。
それでも、ホールのケーキを見るとやっぱりなんだかわくわくする。特別感がある。平穏な日常が戻るには、まだちょっと時間がかかるかもしれないけれど、ケーキぐらいは食べようかな。ホールのケーキを見ると、僕はなぜだか祖父のことをちょっと思い出す。憮然とした顔で、紙切れみたいに薄っぺらく切り分けたショートケーキをまずそうに頬張る祖父を思い出す。僕もケーキを食べるとき、あんな顔をしているんだろうか。自分では自分の顔は見られないから、よく分からない。