笛吹きもぐらは旅をする

笛吹きの、慢性疲労症候群の療養日記。

ハチ高原


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「あれは何の火だろう。あんな赤く光る火は何を燃やせばできるんだろう。」ジョバンニが云いました。
「蝎の火だな。」カムパネルラが又地図と首っ引きして答えました。

 

銀河鉄道の夜」 宮沢賢治 新潮文庫

 

 知り合いに仕事の手伝いを頼まれて、ハチ高原に行ってきた。
 行ったついでに星空の写真を撮りたかったのだけど、日があるうちはあんなに晴れていたのに、暮れてから宿の表に出ると雲があって、あまりいい写真は撮れなかった。西の空に沈みかかったサソリ座と、東からほっとしたように上がってくるオリオン座がなんとかフレームに収まった。
 オリオン座を見ると、ああ冬が来るのだなと思う。
 僕はスキーをしないので、冬のハチ高原には縁がない。以前にここへ来たのは、中学校でつれてこられたキャンプの時、そしてその前は、小学校の自然学校の時だ。どちらの時も夏だったと記憶している。そして、どちらの時も、夜に星空を見上げた。あまりに星が多すぎて、どの星がどの星座をなしているのか全然わからなくて途方に暮れた思い出がある。あそこにサソリ座があって、あのあたりが天の川だと先生に言われても、全くピンとこなかった。僕はもうただ、空一面にあふれかえる光の粒子に圧倒されて、それが美しいかどうかさえ、わからなかった。そして、神戸の家に帰ってコンテナヤードの明かりが反射する無表情な夜空を見上げ、妙にほっとしたものだ。

 星を地面に敷き詰めたような神戸の街で生まれ育ち、今も暮らし続けている僕が、日常の空に見つけることができる天体は限られている。暗い星や特徴に乏しい星座は、難しい。澄んだ風が空を磨いた夜には、いくつかの星座を見つけることができる。晴れてさえいれば、オリオン座やみたいに明るい星座は問題なく発見できる。カシオペア座おおぐま座のようにわかりやすい形をした星座も判別できる。けど、そういう星座でさえも、条件によっては簡単に見失ってしまう。

 近頃、発光ダイオードの電灯が普及するようになって、星空はいっそう寂しくなった。さそり座なんて、本当に何十年も見ていなかった。小学生ぐらいの時分に家族に指さして教えてもらったときに見たのが最後かもしれない。その頃はまださそり座が神戸でも見えた。今でも見えるのかもしれないが、少なくとも僕は、見つけられたためしがない。ハチ高原で、山の端に沈んでいこうとするサソリ座を見つけ、古い友だちにばったり再会したような気持ちになった。嬉しかった。

 今度会えるのはいつだろうか。銀河鉄道に乗る前に、もう一度ぐらい会えるといいのだけど。