笛吹きもぐらは旅をする

笛吹きの、慢性疲労症候群の療養日記。

2020-01-01から1年間の記事一覧

楽器決め

嘘だとお思いか? ならば、私が、吹いてやる。 私の肺は空気を満たし、私の内腔はまっすぐにチューバへと連なって天へと向いたベルまで一本の管となり、大気は音にかわって世界へと放たれるのだ。 「チューバはうたう」 瀬川深 筑摩書房 花の種子は、自分の…

蜂とか猪とか

「アナフィラキシ-、アナフィラキシー・・・・・・。ユダよ、怒りをしずめたまえ・・・・・・。アナフィラキシー、アナフィラキシー・・・・・・。ユダの魂よ、安らかに眠りたまえ・・・・・・」 「花とアリス殺人事件」 乙一/岩井俊二(原作) 小学館 夏になると、いつも子どもを…

不二家

「なあ緑子、あんた東京初めてちゃうの。なあ、どう、大阪とあんまり変わらんくない?」とわたしがささやかに話しかけても首を少し縦に動かすだけで、そのほかは一言も喋らず無表情。 「乳と卵」 川上未映子 文春文庫 予備校時代の友人と、島村楽器にベース…

島村楽器

おまえはそのままで正しいーー。いつものアブラクサスの啓示が聞こえた。サックスの音もドラムの音もはっきり別々に聞こえ、別々のままに融合していく。ぼくはこんな幸せがこれ以上続いたら自分がこわれてしまうような気がした。アブラクサスの世界はいつも…

グラブ

そしていま、彼はハイウェイを車で走っていて、夕暮れが迫りつつある。ニックは父親について考えるのを止めてしまった。ふだんから、一日の終りに父親を想うことはまずない。一日の終りはいつも自分だけのものであって、そうでないと落ち着かないのだ。 「父…

東急ハンズ

ユートピア島は島の中央部の一番幅の広い所で、その幅は二百マイルある。この幅は島の大部分を通じてそのままであるが、ただ、両端に近づくに従って次第に狭くなってゆく。 「ユートピア」 トマス・モア/平井正穂(訳) 岩波文庫 三宮の東急ハンズが閉店す…

ミニ四駆

「おっさん! 本当は飛ぶんだぜコレ・・・知ってんだろ? 知ってんなら帰ってきなよ こっち側によ」 「キリン」 東本昌平 ヤングコミックス 息子に「誕生日に何が欲しい?」と尋ねたら、ミニ四駆が欲しいと応えた。 近所にイオンモールがあって、よく買い物に行…

タンク山

・・・私は待った。陽の光で、頬が焼けるようだった。眉毛に汗の滴がたまるのを感じた。それはママンを埋葬した日と同じ太陽だった。ありとあらゆる血管が、皮膚のしたで、一どきに脈打っていた。焼けつくような光に堪えかねて、私は一歩前に踏み出した。私はそ…

吹奏楽

指揮者の背中には活力がみなぎっていた。最初のトランペットの響きで消えた会場のざわめきは、いまや、耳を傾ける聴衆の熱気に変化していた。音楽はなんといろんなことを人に思わせるものなのだろう。宇佐子の頭の中に様々なことが思い起こされたのは言うま…

花火

教室に戻ると純一と稔が、和弘と黒板の前でなにやら言い争っていた。「丸だよ!」 和弘の甲高い声が響く。和弘はクラスでいちばん勉強ができるけど、真面目なだけにすぐに熱くなる。「平べったいんだよ、バーカ」 何かにつけて和弘をからかう純一が小突きな…

空港

機上からサンフリアンをふり返ってみる。そこはもうひと握りの光でしかなく、つらなる星の光に変わり、空中の塵になって消え、やがて心の中にだけ残った。 「夜間飛行」 サン=テグジュペリ/二木麻里(訳) 光文社 僕が初めて飛行機に乗ったのは、高校の修…

コロナウィルス⑤(海水浴)

彼女は決して美人ではなかった。しかし、「美人ではなかった」という言い方はフェアではないだろう。「彼女は彼女にとってふさわしいだけの美人ではなかった」というのが正確な表現だと思う。 「風の歌を聴け」 村上春樹 講談社 僕は時々、須磨海岸に須磨海…

外は、微かに雨が降っていた。傘をさし、アパートの脇の自動販売機で缶コーヒーを買った。雨は風で揺れながら、辺りを少しずつ濡らしている。僕は傘をさしながら、ゆっくりと、アスファルトの道を歩いた。行き先はなかったが、部屋に戻りたいとは思えなかっ…

酒心館

身の内に酒がなくては生きておれぬ、 葡萄酒なくしては身の重さにも堪えられぬ。酒姫がもう一杯と差し出す瞬間のわれは奴隷だ、それが忘れられぬ。 「ルバイヤート」 オマル・ハイヤーム/小川亮作(訳) 岩波文庫 神戸は酒蔵の街だ。 四十三号線の海側には…

高架下(ピアザ)

「あら、とてもありがたがってるわ」とアンが抗議した。「ただね、せめて一枚、白いふくらんだ袖にしてくださったら、もっとずっと感謝したんだけど。ふくらんだ袖が、今のはやりですもの。あたし、ふくらんだ袖が着られたら、とても興奮すると思うわ、マリ…

・・・翁、「月な見給ひそ。これを見給へば、ものおぼす気色はあるぞ」と言へば、「いかで月を見ではあらむ」とて、なほ、月出づれば、出で居つつ、嘆き思へり。 「竹取物語(全)」 作者不詳/角川書店=編 角川ソフィア文庫 子どもの頃、本気で月に行きたいと…

映画館

One by one, forget everyday sounds, words, and symbol of modern life.ひとつひとつ、あまりにも近代的な、日常の音や言葉を忘れ 映画「ATLANTIS」冒頭より/リュック・ベッソン監督 映画館というのは、誰にとってもちょっと特別な場所だ。テレビが普及す…

西明石

「普通電車播州赤穂行きは、六番線からの発車です」と、アナウンスがあった。 バンシュウアコウ。 ものすごい響きだ。 バンシュウアコウ。 モモチサンダユウ、というのに似ている。 「大久保町の決闘」 田中哲弥 早川書房 用事があって、西明石にきた。用事…

大久保

大久保町はガンマンの町だ。と、父は言った。だから命がけで行けと。あほらしい。 「大久保町の決闘」 田中哲弥 早川書房 大久保はイオンの町だ。 いや、大久保はビブレの町だった。ん、ちょっとまてよ、その前はマイカルの町だったような…。 僕が中学生の頃…

パチンコ

「君の人格の再統合には三つの段階が必要となる」オブライエンが言った。「学習、理解、そして受容だ。そろそろ第二段階に入るべきだろう」 「一九八四年」 ジョージ・オーウェル/高橋和久(訳) 早川書房 僕はパチンコを打たない。生涯、一度もパチンコ台…

bluejeans

「だって君は最初から部屋の中にいたじゃないか。そこで手紙を書いていたんだろう」 彼は手を伸ばして、サングラスを外した。瞳の色だけは変えられない。「ギムレットを飲むには少し早すぎるね」と彼は言った。 「ロング・グッドバイ」 レイモンド・チャンド…

夜景

海の水には、ねばり気があるようだ。タールの海だ。私の下腹にもタールの海がある。うねうねと、予兆と甘美な快楽が打ちよせる。辷りだす船もなければ、つり糸をたれる者もいない。この地球上で最大の容器は、ただじっと身をひそめている。もし、私か母かが…

日本丸 ターニャの思い出

初代日本丸の後継として、1984年に日本丸Ⅱ世が就航した。日本丸Ⅱ世は帆装艤装設計から制作まで、すべて日本国内で行われた初の大型帆船である。・・・ 「日本丸(2代)」 Wikipediaより 神戸港には時々、実習船の海王丸や日本丸が停泊する。きちんと数えたこと…

コロナビール

原産国:メキシコ原材料:麦芽、ホップ、コーン/ 酸化防止剤(アスコルビン酸)内容量:335mlアルコール分:4.5%賞味期限:瓶ネックに記載 「コロナ・エキストラ」 瓶背面の記載より 妻が、「コロナウィルスとは全然関係ないはずなんだけど、コロナビールの売れ…

石井ダム

山と海に挟まれた神戸の、市街地からすぐ北に建設された治水用の重力式コンクリートダム。目的に「レクリエーション」が初めから組み込まれているめずらしいダムだ。 「ダム2」 萩原雅紀 メディアファクトリー 石井ダムのダムカードの右肩には、誇らしげに…

コロナウィルス④

・・・酔つ払つたり、歌をうたつたり、キネマを見たり、闘つたり、散歩したり、女を可愛がつたり、こんなことはみんな人間のすることなんだ、・・・ 「酔つ払つたり歌つたり」 小熊秀雄詩集より 岩波文庫 子どもができてから、外で飲む機会はほとんどなくなった。…

コロナウィルス③

I saw the best minds of my generation destroyed by madness, starving hysterical naked,dragging themselves through the negro streets at dawn looking for an angry fix,angelheaded hipstars burning for the ancient heavenly connection to the st…

ポーアイしおさい公園

どれだけの青年が生息しているのかは知らないが、新陳代謝の活発な彼らの体臭も汗も、遮るもののないこの広い空間ではたちどころに乾いた風が吹きさらっていく。無菌室と揶揄されることもしばしばで、しごくもっともな命名だとわたしは思う。 「至高聖所(ア…

千刈ダム

ゲートピアは上部がアーチ型で、それが整然と並ぶ姿は、ダムにおける近代建築の象徴、といえる風格だ。 「ダム2」 萩原雅紀 メディアファクトリー 神戸三大クラシックダムといえば、立ヶ畑、布引、そして千刈である。 僕は、そもそもダム好きではあるのだけ…

ヴィーナスブリッジ

「オートバイに乗るということは若さを取り戻すことだと思います。ぼくには若さへの執着があり、若さというものに対して強い憧れを持っているのかもしれません」 オートバイを若さの象徴として捉えることは、陳腐であるが悪くはない。したがって、この答えも…