笛吹きもぐらは旅をする

笛吹きの、慢性疲労症候群の療養日記。

デジタルサックス、YDS-150。

 トロンボーンのスライドオイルを買いにヤマハのお店に行ったら、新製品のデジタルサックス、YDS-150が展示されていた。世間で話題になっているらしいことは知っていたので観察していると、店員さんが「試奏しますか?」と勧めてくれたので、少しだけ試させてもらった。

 この手の形状のウインドシンセは、すでにいくつも発売されているわけだけど、ついにヤマハが売り始めたか、というのが第一の感想だ。僕はAKAIのEWI4000を持っている。あまり吹かない。スピーカーが内蔵されていないので、ヘッドフォンをつながなければならないのが面倒だからだ。とはいえ、全く吹かない訳でもない。楽器の練習ができないときに演奏するのは気晴らしになる。練習には・・・ならない。キータッチが、生楽器とは違いすぎる。同じフィーリングで指を動かしても、同じ動きにはならないのは、生楽器のキーの抵抗感がないためだと思う。EWIは、キーシステムにタッチセンサーを採用している。

 結論から言えば、僕はYDS-150を買わないけど、とても楽しい楽器ではあると感じた。要は、用途の問題だ。それはともかく、試奏をさせてもらったのだから、感想の一言でも残しておくのが礼儀だと思うので、記録がてら、ブログに書いてみることにした。


1.システム/主にキィに関して

 キィ配列に関して、YDS-150はサックスに限りなく近いキィシステムを持っている。
 サックス奏者であれば、ほぼ違和感はないだろう。パームキィもサイドキィもテーブルキィも、サックスと変わりない。
 キィは、反応がとてもいい。EWIだと、キィセンサーの感度設定を中庸以下に設定すると前打音などが反応しないことがあるが、YDS-150はきちんと打鍵すればちゃんと音になって返ってくる。逆に、反応がシビアすぎて演奏にならないということもない。素晴らしい。僕が特に感心したのは、生楽器のサックスと同じように、キィポストを軸にして円運動をするキィのフィーリングだ。ボタンだと、キィがストロークする方向が生楽器と違うので、とても違和感がある。YDS-150にはその違和感がなく、とても自然だ。キィを押しきった時のカッチリ感もいい。廉価な樹脂製管楽器によく採用されているシリコンパッドのような頼りなさはない。

 ただし、不満もある。それは、樹脂製のキィが軽すぎることだ。指をキィに乗せて力をかけ始めてから、キィが運動を始めるまでの力加減が軽い。生楽器のサックスを吹く感覚で指を走らせると、滑ってしまう。サックスではないが、フルートのゴウブラザーズの樹脂管を吹いた時の感覚に近いかもしれない。あと、キィストロークが短いように感じる。特に右手は、実際に短いのではないだろうか。生楽器のキィのストローク量に近づける努力はなされているように見える。しかし、多少の違和感はぬぐえない。
 キィの戻りのスピードについては不満はない。どんなバネを使っているのか知らないが、キィの重量に対して十分な力がある。

 軽い、という一点を除いては、キィタッチそのものに致命的な粗悪さはない。むしろ、想像以上によくできている。しかし・・・やっぱり軽い。キィが軽すぎる。YDS-150のキィが生楽器並みのモーメントを実現していたら、自宅深夜トレーニング用のマシンとして合格点だっただろう。そう思うと、残念である。物理的な可動部をもたないEWIよりはいいと理解はできるが、でもどうせならもう一息・・・。このキィがブラス製だったらいいのになあ。もちろん、仕様上軽量に仕上げたいとか、製造コストと売価とセールスのバランスとか、事情は色々あるのだろうけれど、「もし買うなら自宅用深夜練習機」と考えていた僕には、それが致命的だ。
 その点を除けば非常によくできたキィだと思う。天下のヤマハの本気を感じた。


2.吹奏感/マウスピース、アンブシュアまわりについて

 マウスピースの部分は、ヤマハのアルトサックス用4Cによく似ている。そこに、樹脂製の模擬リードが下締めのリガチャで取り付けられている。息を入れてもリードは振動しない。息は楽器の中に流れ込み、おそらくは内部のセンサーで感知される。息がどこから抜けるのかは分からないが、ベル部分の内部にドレンホースが出ていたので、多分そこから出るのだろう。
 テナー吹きの僕の感覚では、吹き込みに窮屈さはない。アルト吹きにはちょっと抵抗感が足りないかもしれない。EWIに比べると、抵抗は少なめだろう。僕は、EWIだと少し息が余る。だからYDS-150の抵抗感はちょうどいい。
 ベンドはできない。口元のコントロールは基本、できない。リードで発音している訳ではないのだから、当然と言えば当然だろう。試していないが、その他でもリードに頼った特殊奏法は不可能なはずだ。
 ただし、ベンドをするためには右手サムレストの脇にベンド用のレバーがある。これはEWIに近い操作インターフェイスと言えるだろう。慣れればそう難しい操作ではないはずだが、練習のための生楽器の代用と考えるなら、これは意味のない装置である。
 ビブラートに関しては、僕は正確にレビューすることができない。僕はもともとフルート吹きなので、息を揺らしてビブラートをかける。従って、僕はYDS-150をビブラートありで演奏することに問題を感じない。でも、サックス奏者はアゴでビブラートをかける人がいるはずだ。YDS-150をアゴ・ビブラートで演奏できるのかどうか、僕には判断できなかった。

 余談だが、僕はヤマハのマウスピースを評価している。確かに音色は硬いのだけど、素直な音がする。そして、このマウスビースが使用される現場が中高の部活動だということを考えてほしい。そうすれば、落としても欠けず、爪でコリコリしてもすり減らず、水道水で洗い続けても変色しないこのタフなマウスピースが、いかに優れているか理解してもらえるはずだ。


3.音

 YDS-150は、音が出る。
 つまり、スピーカーを備えているということだ。これは、僕のような不精者には大事な仕様である。ヘッドフォンが不要だというだけで、感覚としては生楽器に限りなく近くなる。ついでに言うと、YDS-150はとても軽いので、ネックストラップも不要だ。クラリネットよりも軽いかも知れない。
 音色は、ソプラノ~バリトンまでのサックスが一式と、あとおまけ的にフルートやハーモニカなんかの音色が楽しめる。フルートの音色が必要かどうかはよく分からないが、サックスの音域が一通り全部カバーできるのはとてもいい。これで、例えばバリトンの音色を選択したときに、バリトンらしい吹奏感に抵抗感が変わると最高なのだけど、さすがにその機能はなかった。こういうの、マウスピースの差し替えとか、センサーの閾値の設定で変えるって訳にはいかないのだろうか。
 YDS-150の特徴的な仕様である先端のベルだが、その効果がいかほどのものかは、実感できなかった。取り外しが可能だと比較できるのだけど、多分、そういう風にはなっていない。ベルの恩恵につていは、僕だけでなく販売員さんも「正直、よく分かりません」とおっしゃっていた。

 音色のカスタマイズができたり、外部出力があったりして、おそらくはライブで使うことなども想定されている楽器なのだと思う。僕はそういう用途で考えていないので、あまり真剣に観察しなかったが、まあ最低限のインターフェイスは備えているといえるんじゃないだろうか。


4.まとめ

 YDS-150は、よくできた電子楽器だと思う。
 機能や音域・音色を欲張らずに、できるだけサックスの生楽器によせた仕様には好感がもてる。特にキィシステムは素晴らしい。中途半端に多機能にふらなかったところがとてもいい。
 ただ、YDS-150を吹いて生楽器の練習の代わりになるかと訊かれたら、「うーん、まあ、代用品だよね・・・」と応えるしかない。咥え方で発音が決まるわけではないからアンブシュアのトレーニングにはならないだろうし、キィタッチが生楽器とは違いすぎるのも問題だ。YDS-150で行う練習は、YDS-150のための練習になってしまうと思った方がいい。
 YDS-150は、タンポポコーヒーみたいなものだ。例えば、YAS-62が本物のサントスで、YDS-150がタンポポコーヒー。すごくおいしいタンポポコーヒーではあるけれど。もちろん、これはヤマハが世に送り出した最初のデジタルサックスなわけで、今後マーケットやステージからのフィードバックが蓄積され、進化・深化を重ねていくのだろう。

 今後の躍進を祈る。