笛吹きもぐらは旅をする

笛吹きの、慢性疲労症候群の療養日記。

石井ダム


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 山と海に挟まれた神戸の、市街地からすぐ北に建設された治水用の重力式コンクリートダム。目的に「レクリエーション」が初めから組み込まれているめずらしいダムだ。
 

 

 石井ダムのダムカードの右肩には、誇らしげに「R」の文字が刻まれている。レクリエーション(recreation)の意味だ。石井ダム周辺と鈴蘭台駅からダムに至るまでの道は、市民の散策に適するように整備が行き届いている。三密を避けてウォーキングを楽しもうと、僕は六年ぶりに訪れた。
 神鉄鈴蘭台駅から、海の方へ向かって引き返すように歩いて行くと、神鉄の整備施設があり、そこをぐるりと回り込むようにしてさらに南進すれば、ダムへと続く散策道にはいることができる。散策道はアスファルトで舗装されている。以前に神戸三大クラシックダムについてアクセスがいいと書いたが、石井ダムもかなりアクセスのいいダムだろう。駅からダムまでは大人の足で一時間ほどだが、高低差の少ないフラットな道なので、心構えとしては少し長めの散歩を楽しもうという程度で十分だ。
 散策道は、十分な幅かあり、見上げれば木々の枝に遮られることなく空が見渡せる。気持ちがいい。谷には橋がかかっていて、等高線に沿った迂回路を通る必要もない。こんなにアクセスしやすいダムはなかなか珍しいものだ。

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 道中には、「名号岩」という場所がある。それは「南無阿弥陀佛」と大きく刻まれた巨大な岩塊だ。散策道から見上げると、確かに露出した岩の急峻な壁面に、名号が見えた。木の枝のせいで「佛」の字と落款が見えにくいが、かろうじて全体が見える。夏になって木々に青葉が茂ると、見えなくなってしまうかもしれない。橋の北詰のガードレールのむこうに「←55m」と案内があるから、「ホンマに行ってええんかな?」と半ば疑いながら、柵を乗り越えて獣道のような崖を登ってみた。本当に55mかどうかは分からないが、その程度進んだところで、確かに名号岩の岸壁が見えた。しかし、岩の足下まで進むと、名号を急角度で見上げる格好になり、肝心の名号は判読できない。

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 道に戻って先を見ると、もうダムの上流側が見えている。
 ダム湖の水面は、低い。水面はダム堤体の中央付近にある洪水吐までしかない。従って、堤体の半分以上が露出している。水面の周囲には、散策路が整備されている。湛水したら、あの散策路は沈んでしまうだろう。ここ数日雨が多かったから、もう少し水位が高くてもおかしくないと思ったけど、どうもこの水位が標準なのかもしれない。
 石井ダムは、二〇〇八年に完成した重力式コンクリートダムだ。
 少し下流にある天王ダムとほぼ同じ設計で、見た目にはほとんど差がない。千刈ダムとはまったく違う、幾何学的なデザインがとても現代的だ。そして、真新しいコンクリートは日に照らされると鏡のように白く光る。千刈ダムが古代のゴーレムだとしたら、石井ダムはまるで宇宙空間で戦う巨大ロボットのようだ。デザイン上で面白いのはクレストゲート。上流側の呑口は6門なのに、下流側の吐口は2門しかない。これは、減勢溝の幅がとれないために、吐口を狭くするためなのだそうだ。面白い。クレストは展望台として解放されており、山間を走る神鉄の線路と、遠くには神戸の街と海も見える。

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 往路復路とも、大勢のハイカーとすれ違った。中には本格的な登山の装備をもっている人もいるが、たいていは軽装である。鈴蘭台に住んでいる近隣住民が、午後の散歩を楽しんでいるのだろう。僕も、神鉄の運賃がもう少し安かったら季節に一度くらい来たいんだけどな。
 ところで、神鉄の運賃には大変不満があるのだけど、車両は好きだ。今風な角張った車両もあるが、一昔前の角の丸いデザインの車両もたくさん走っていて、僕はこれを見ると子どもの頃に乗った阪神電車を思い出す。いや、ひょっとしたら実際に阪神や阪急の車両の払い下げなのかもしれない。僕が子どもの頃に乗った車両も、まだ廃車されないで、まだここで現役だったりして。帰り道、整備工場にプールされた神鉄の車両たちを見ながら、そんなことを考えた。

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