笛吹きもぐらは旅をする

笛吹きの、慢性疲労症候群の療養日記。

マーチの難しさ

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 一昨年、吹奏楽コンクールはパンデミックのために実施を見送られたが、去年は行われた。で、今のところ、今年も実施されそうな見通しである。
 そういうわけで、僕の遊びに行っている中学校の生徒さんたちもコンクールで演奏する曲を練習中だ。演目には課題曲と自由曲があり、課題曲はいくつかの指定された曲の中から選ぶのだけど、大抵マーチ。つまり、行進曲だ。
 マーチってやつ、聞いているだけだと何でもないのだけど、演奏するとなると案外難しい。横浜で子どもを教えていた時、そのバンドの顧問の先生が「マーチはブラスの基本」と仰っていたっけ。そのときも「なるほど」と肯いたが、久しぶりにまたマーチと向き合うことになって、やっぱりその通りだなあと今あたらめて思う。マーチにはブラスバンド演奏の基本がつまっている。そしてその基本を、忠実に実行する。適当ではいけない。愚直に、きっちりやらなければならない。これが、難しい。

 マーチはブラスの基本、は金言だが、ではマーチの基本とは何だろう? 人によって意見は様々あろうが、僕は「テンポキープ」がその一つで、しかも第一の要件だと考えている。
 要するに、曲の指定テンポが♩=120なら、♩=120で曲をはじめて、♩=120を保ったまま、♩=120で曲を終わる。これがマーチ、これがテンポキープ。多少なりともアンサンブルなり合奏なりをやったことのある方ならお分かりだと思うけど、これ、本当に難しい。けれどマーチという音楽は原則として、人間が一定の速さでリズムを刻みつつ行進するという動作とリンクしなければならず、もしテンポが揺れれば、行進の速度が変わってしまう。だから、難しいのだけど、マーチでは必ずテンポキープだ。
 勘違いしてはいけないのは、「テンポキープ」は「テンポ感のキープ」ではない、ということ。
 テンポとテンポ感、何が違いまんの? ってことなんですが、ちょっと説明しますね。

 まず音楽というものがどのような性質をもっているかということについて言及すると、捉え方や文言は人によって違うと思うけど、僕なりの言い方をさせてもらえば、音楽には「重さ・軽さ」や「粘度・なめらかさ」や「硬さ・やわらかさ」という手触りみたいなものがある。そして、それぞれのパラメータの値が異なるフレーズを、無策にもすべて同じエネルギーで動かそうとすると、テンポに違いがでるのだ。
 車が坂道を上るところを想像してみよう。たとえば、急な上り坂を自動車で上ろうとする時、スピードを一定にしたいならあなたはきっと、アクセルを踏むはずだ。で、速度計を見ずに「たぶんこれくらいで、平地を走っている時と同じくらいの速さだろう」と思うところまでアクセルを踏んだ後に、スピードメーターの目盛りを読むと、案外遅かったって経験はないだろうか。定速走行で坂を上ると、勾配のせいで後ろ向きに重力加速度がかかり、実際のスピード以上の速度で走行しているように錯覚することがある。この錯覚が、スピードとスピード感のずれであり、それを音楽に置き換えると、テンポとテンポ感の違いになる。
 速力の落ちた車や音楽を、指定の速度まで早めるためには、さらにアクセルを踏み込む必要がある。この例えは逆もまた然りで、下り坂でブレーキをかける塩梅は、勾配のために進行方向に感じる重力加速度を計算して強めにしておかないと、車も音楽もスピード違反になってしまう。

 もちろん、闇雲にアクセルやブレーキをかけたのではだめで、メーターをしっかり睨みながら、体感の速さと実際の速さのずれを補正し続けなければならない。アップダウンの続く道を本当の意味で一定の速度を保ちながら走る難しさは、熟練のドライバーなら理解できるだろう。これと同じ事を、中学生のバンドがやる。中々大変なのだ。
 まあ、理屈を理解してちゃんと練習すれば、中学生だってちゃんとできる。彼らには、メトロノームとにらめっこしながら練習してもらって、しっかりと感覚をつかんでもらおう。もちろん、うまくできるようにお手伝いさせて頂きますよ。いつも遊んでもらってるからね。一緒に頑張りましょう。
 マーチ、ぼんやり聞いてるとつまんなくて飽きてしまうけど、一見なんでもなくサラッと演奏するのがどれだけ大変かを知っていれば、聞こえる世界も変わってくる。素人が聞いても玄人が聞いても、おッと驚くような演奏を彼らにさせてあげることができたら、ちょっとは恩返しができたことになるかな。