笛吹きもぐらは旅をする

笛吹きの、慢性疲労症候群の療養日記。

フルートの音色について思うこと②



 今度ブラームス交響曲を演奏することになりそうなので、先だって神戸楽譜でスコアを買った。で、スコアを買ったからには読みたい。じっくり譜面を追う読み方もそのうちするつもりだが、まずは音源を聴きながら、ざーっと目を通すことにした。
 我が家にもCDの音源がいくつかあるけれど、せっかくだから聴いたことのない録音が聴きたいと思ってyoutubeを開いた。リストの上から順番に「どれにしようかなー」と繰り下げていくと、サイトウキネンの録音を見つけた。サイトウキネン、好きだったオーケストラだ。しばらく録音聴いてなかったけど、久しぶりに聴いてみようと、クリックしてみた。

 チューニングが済んで、小澤征爾氏登場。おおお、お若い! まだボストンでバリバリ活躍されてた頃かなあ。きっとそうだ。なんか、こっちまでその頃に時間が引き戻される気がした。拍手が静まって、小澤氏が手を振り下ろすと、ブラ1(ブラームス交響曲第1番)がスタートする。めっちゃいい音。すごいな、サイトウキネン。こんな音してたんだ。力強くて、鮮やか。そして、密度の高い完璧なアンサンブル。すげえ。
 どのパートもすごいのだけど、フルート吹きとしては、工藤重典さんの演奏に注目しない訳にはいかない。工藤さんの音・・・何と言えばいいのか、とにかく鮮やかだ。今、こういう音で演奏したり、こういう音色や演奏を理解できたりする人って、もう少ないかもしれないけど、いやいや、やっぱり凄い人だよ。久しぶりに、ランパル直系のフレンチスクールの音を聴いた。いい、本当にいい。僕はこの音が好きだ。
 何が凄いって、倍音の立ち上がり方がとにかく凄い。これ、楽器は何だろう。ヤマハかな? メルヴェイユがリリースされる前の録音だと思うんだけど、するとビジューだろうか。ビジューでもないとしたら、その前って工藤さん、何使ってたのかな。そこまでは知らない。ヘインズやパウエルのイメージはないけれど、でもランパルからの流れなら、ヘインズでもおかしくない気もする。
 いやしかし、ランパルともまた違うサウンドだなあ、工藤さん。ランパルも明るくて倍音の多い音色だが、ランパルよりも倍音の量が多いかもしれない。ものすごくブリリアント。コンディションのいいルイ・ロットだとこういう音だけど、でもこんなにボリューム出る? いやあ、まいったな。分からん。
 工藤さんの音色も凄いが、音楽もすごい。超絶に、ダイナミックだ。こうなるともう、アンサンブルは格闘技に近いような気さえする。ちょっと自信ないけど、オーボエは茂木さんかな? フルートとオーボエで、アンサンブルしているというよりは、剣術の試合でもしているかのような緊張感。その美しさにうっとり、というより、丁々発止の渡り合いを手に汗握って見てる感じ。工藤さんがランパルとデュエットしてる録音も、こんな風だったなあ。すごくスリリング。
 で、聴き終わったら、僕はびっしょり汗まみれ。なんか、どえらいものを聴いてしまった。結局、スコアなんて見ずに聞き入ってしまって、勉強にはならなかったけど、いやあ楽しかったな。ごちそうさま。

 以前、植村さんの演奏のことを書いたけれど、工藤さんは植村さんとはまるでカラーが違う。でも、どっちも強烈。時代とベクトルが違うだけ。
 共通するのは、今日一般的なフルートとは音色が全然違うってこと。近頃は僕も考え方がちょっと変わってきて、基音重視の現代のフルートの音色もそう嫌いじゃなくなってきた。しかし、この豊富に倍音を含んだ立体感のある音って、やっぱり特別だ。いい。
 西洋音楽って、音韻的な芸術性に重きがおかれているところがあるけど、音響的なファクターも大事だよね。だって音楽って、鳴らしてナンボなんだもん。そして、同じ譜面に基づいて繰り返し繰り返し演奏されるクラシックのマスターピースが、今日もまたどこかで演奏されて、それが新鮮な魅力を放つことができるのは、その奏者や楽器の持っている音色の個性の魅力によるところが少なからずあるからだと僕は信じている。