笛吹きもぐらは旅をする

笛吹きの、慢性疲労症候群の療養日記。

書く。


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 今年は散々な一年だった。謎の体重減少と倦怠感がほとんどまる一年続いた。今はやっと回復し始めているところ。疲労がたまるとまだ倦怠感が顔を出すこともあるけれど、穏やかに日常生活を送っているだけなら、あまり問題を感じない程度になった。
 集中力と記憶力も、かなり戻った。春から秋にかけては本当に頭を抱えながら作文していたけど、今は楽しく書けている。ほどんど読者のいない僕のブログだが、書き続けていたおかげで回復している感じを実感できるので、書き続けていてよかったと思う。「治っている」という手応えは励ましになる。「書けない・・・」ともがいていたあの頃の苦しさを感じていなかったら、こうしてキーボードに向かうことで感じている今の喜びもなかっただろう。
 僕の家族も、僕が調子を取り戻しつつあることを喜んでくれている。特に、子どもたち。僕には小さい子どもがいて、彼らは普段、僕の調子が良かろうが悪かろうがあまり気にしているように見えないくせに、食事中とか就寝前なんかに不意に「元気になってよかったねえ」なんて台詞を口にする。
 そういえば、彼らは僕の体調不良をネタにしたキャラクターを考案していて、そのキャラクターたちの物語を作って遊んでいる。その物語は、僕には体調不良を引き起こす怪物みたいなものが取り憑いていて、それをヒーローのキャラクターたちが倒すというのがいつもの筋。それを、人形を使って劇仕立てにして、兄弟でわいわい遊んでいる。
 そういう遊びをずっとやっているのだけど、それがよほど楽しいのか、小学生の長女は兄弟と遊びのなかで作り上げた物語をついに絵本と漫画にした。最初はスケッチブックにぺらっと一枚、絵を描いていただけだったのが、次にはそれが組絵になり、台詞が添えられ、最後にはお話になってしまった。娘はそのスケッチブックをなぜか破りとってバラバラにしてしまうので、僕がクリアファイルに差して整理すると、娘は表紙をつけて本にした。我が子ながら、大したものだ。
 今の娘の将来の夢は、「本を作る仕事をしたい」なのだそうだ。
 その夢はなかなか気合いが入っていて、先だっては折り紙を切ってホチキスで束ね、小さな冊子をこしらえていた。で、夜中、その本に何か一生懸命書き込んでいるので何を書いているのかと尋ねてみたら、僕の体調不良を引き起こしていた怪物のその後の物語なのだと応えがかえってきた。

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 僕も子どもの頃、本を作って遊んでいた。
 中学高校時代、僕は文芸部という部活に入っていた。活動内容は「部室で茶を飲んでゆったり過ごす」なのだけど、それだけでは格好がつかないので、年に数度、小説や詩を書いて部誌を出す。つまり、今僕の娘が一人で熱中してやっているようなことを、僕もやっていたのだ。遺伝とはおそろしい。
 しかし、物語を書くのは楽しい。横浜にいた頃は学業や仕事が忙しくて書くことを辞めていたが、神戸に戻ってきたのをきっかけに、今は時々書く。書いたものを人に見せることもあれば、死蔵してしまうこともあるけど、書いていること自体がとても楽しい。

 モノを書く楽しみとはなんだろう。人によって考えは違うだろうけど、僕の考えはこうだ。
 まず、イメージがカタチになること。それ自体が楽しい。
 自分の手から何かが出来上がっていくというのは、そのこと自体が面白い。例えばだけど、真四角の粘土をこね上げて動物をつくるなんてこともそうだし、仕事した結果が利益として戻ってくるのも嬉しいでしょ? 自分が何かを作り出しているという実感は、喜びだ。
 そして、出来上がったモノを人に見てもらったり使ってもらったりすること。
 物語であれば人に読んでもらうことだし、なにか道具なら職人さんに使ってもらうことだし、お金であればそれで新しい事業をおこしたり次の商売の元手にしたりすることだろう。
 書くことに限らず、なにかをつくる喜びって、この二つだよなあ。娘は楽しそうに物語を書いて、本に仕立て、出来上がったものを僕に「できたから読んで」と見せにくる。そして、僕が読んでいる間に、もう次の作品に着手している。よほど楽しいようだ。

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 中高生の時は、僕の書いたものには部誌という発表の場があった。だが今は、そういう場所がない。物語を書いていることを誰彼構わず言いふらしたりもしないし、素人の手仕事に興味をもつ人もいないので、知り合いに見せることもない。今まで書いたもので、そう悪くないと思えるものはnoteにアップしているが、宣伝もしないので読む人はほとんどない。だから、「読んだよ」とか「面白かったよ」などと言ってもらえることもない。評価してもらえることを期待してもいないけど、しかしやはり、誰かが読んでくれたら嬉しいなと思うことは、時々ある。
 もし、なにかの偶然でこの記事にたどり着いた人がいたら、noteの方も見て頂けたら嬉しい。少なくとも、僕は楽しんで書いている。読んでくれた人もそのように感じてくれたら、これ以上の喜びはない。よろしければ、ぜひ。

【露店商】

https://note.com/sekimogura/n/n9df440a8a900

【earthquakin' blues】

https://note.com/sekimogura/m/m799f8b5c90d1

カルメン・ブラック】

https://note.com/sekimogura/m/mb8176ecade98