笛吹きもぐらは旅をする

笛吹きの、慢性疲労症候群の療養日記。

アウロス・AF-1・AF-3


f:id:sekimogura:20210924150219j:image

 

 日本におけるフルート演奏人口は、ピアノに次いで多いらしい。しかし、ここで言うフルートとはいわゆるベーム式のモダンフルートのこと。ベーム式以前のスタイルのフルートを吹く人口は、一体どれくらいなのだろう。多分、そう多くはないのではないだろうか。
 一般に、ベーム式以前のフルートをフラウト・トラヴェルソと呼ぶ。意味はずばり「横笛」である。少し細かいことを言えば、4キィから6キィぐらいまでの古典派期のものを古典フルート、それ以前の1キィのものをトラヴェルソと呼び分ける場合もある。もっとも、呼び方は人にもよるから、これは一般的な分け方ではないかもしれない。そういうことがある、そう呼ぶ人がいる、という程度に思ってほしい。
 で、そのトラヴェルソであるが、演奏人口が極端に少ないと想像できる割には案外、簡単に手に入る。樹脂管リコーダーで有名なトヤマ楽器のアウロスシリーズに、トラヴェルソがラインナップされているのだ。しかも、2モデル。
 僕は、縁あってそのアウロスのトラヴェルソ、両方とも持っている。
 ひとつはAF-1、グレンザーモデル。モダンピッチで演奏可能な1キィだ。元になった楽器が黒檀製だったのか、管体は黒っぽい樹脂でできている。2021年現在、定価は28,000円+tax。あれ、値上がりしてる? モノ自体は変わっていなさそうに見えるのだけど。
 もう一つはAF-3、スティンズビーモデル。バロックピッチの、やはり1キィ。こちらは元が象牙製だったのか、白い樹脂でできており、「蛍光灯」とあだ名されている。2021年現在、定価はソフトケース付きで45000円+tax。こっちも値上がりしてる気がするなあ。まあ、こ数十年で楽器はどんどん値上がりしてるから、仕方ないか。
 どちらを選ぶかは、演奏環境によると思う。例えばモダンピッチの楽団で演奏しているなら、グレンザーモデルを選ぶべきだし、バロックピッチが要求される場所では、スティンズビーモデルにするべきだろう。一人で吹くだけだからどっちでもいい、という人は、好きにすればいい。
 久しぶりに両方出して吹いてみた。楽器を変えながら、テレマン無伴奏ファンタジーから♯系の易しいものを選んで演奏してみる。楽器を変える度に音が半音近く変わるので戸惑うが、吹いているうちに慣れてくる。♭系は、ベーム式ならなんてことないのだが、トラヴェルソではなかなか難しい。二番ですら難しい。モーツァルトのフルートのための曲が基本、シャープ系の調で書かれている理由がよくわかる。
 ピッチのことを別にすると、音色、イントネーション、特に半音階の容易さの点から言えば、AF-3が優位だ。でももし、今まで横笛の類いを全く吹いたことがない人なら、AF-1から始めるのがいいと思う。唄口が大きいAF-1は、コンパクトな唄口をもつAF-3よりは鳴らしやすい。それに、AF-1の方が右手中指と薬指のひらきは小さく、特に手の小さめの人にとっては扱いやすいように思う。

 しかしトラヴェルソ、楽しいな。音色もいい。円錐管だからかもしれない。僕は円錐管の音が好きだ。低音域は野太く、高音に行くに従って鋭くなる。円筒管の音色は均一で扱いやすいが、変化に乏しいとも言える。クロスフィンガリングも慣れてしまえばどうってことない。ベーム式がある程度吹ける人なら、トラヴェルソの諸々の苦労も楽しめると思うのだけど。
 もっと流行らないかな、トラヴェルソ。四半世紀以上フルートを吹いているけれど、トラヴェルソの経験がある人には滅多に出会わない。一度、前田りり子さんに師事しているという人に出会ったことがあり、誘われて内輪のコンサートやバッハ・コレギウムの演奏会に行ったことがあるけど、ちゃんとトラヴェルソやっている人って、その人ぐらいかもしれない。もっとも僕だってトラヴェルソをメインにしているわけではないから「トラヴェルソ吹いてます」と大きな声で言えるほどではない。でも、時々吹くのはとても楽しい。周囲にもっとトラヴェルソ吹きがいて、一緒に楽しむ機会があれば、もっと熱心に吹くかもしれない。
 プラ管の楽器に数万円は高いと思うかも知れないが、もちろん木製管の値札は十万円以上だ。そうなると、ベーム式の初心者モデルと変わらない。逆に言うと、ベーム式の初心者モデルと同じペイで、立派なトラヴェルソが買えるということだ。
 ねえ、みんなでトラヴェルソ始めません? 楽しいよ?