笛吹きもぐらは旅をする

笛吹きの、慢性疲労症候群の療養日記。

パーカー


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 スケジュール管理には、手書きの手帳を使っている。スマホのカレンダーでもいいのだけど、昭和人間の僕には使いにくい。手書きの方がしっくりくる。高橋のプチクレールという手帳を使っている。薄くて小さく、僕にはちょうどいい。切り離して人に渡せるメモがついているのも便利だ。

 紙に書くにはペンがいる。
 椅子に座ってじっくり書く時は万年筆を使うけど、太くて大きな万年筆は持ち運びに適さない。手帳用も万年筆でなければならないというほどのこだわりもない。手帳用には古いパーカーのボールペンを使っている。
 パーカーは、中学生ぐらいの頃に、親戚から何かのお祝いでもらった。何のお祝いだったのかは忘れてしまった。もう三〇年近くも前だから仕方ない。パーカーは黒軸のゴールドトリム、つまり仏壇カラーの、回転繰り出し式である。現行のジョッターより少し小さい気がする。これが手帳用にちょうどいい。小さな手帳だから、一般的なサイズのボールペンだとバランスが悪い。かといってあまりに小さいペンだと書きにくい。このパーカーは、高橋のプチクレールにちょうどいいサイズだ。

 中高生の頃はこのペンを制服のポケットにさしていた。半分はカッコつけだが、ちゃんと理由もあった。
 僕は部活の部長で、放課後、部室の鍵を事務室で借りなければならなかったのだけど、そのためには鍵の貸出票を書いて顧問か担任に捺印してもらい、それをもう一度事務室に持っていく必要があった。僕はその貸出票を書くのに、パーカーを使っていた。僕は毎日パーカーで、僕の名前と部活名、部室の部屋番号を貸出票に書いた。三年ぐらいほとんど毎日書いたと思う。細身のパーカーは持ち歩くのに邪魔にはならなかったし、三十秒もかからないような貸出票の記入にはちょうどよかった。
 高校を卒業すると、パーカーは使わなくなった。パーカーは長い間引き出しの中で眠っていた。再び取り出したのは数年前だ。
 十年以上眠らせたままだったが、久しぶりにペン先を繰り出して紙の上を滑らせると、薄い線が引けた。ちょっと感動した。書けなくなってるんじゃないかなと思っていたからだ。しかし、日々使うにはちょっと頼りない感じだったので、文具店に持っていってインクを交換した。

 このペンを使っていると時々、高校時代の部活のことを思い出す。特に、部室の鍵にまつわる出来事や人のことを思い出す。
 高校の事務員は、ひとりの例外を除いて無愛想だった。別に無愛想だからって何の問題もないのだけど、僕とは毎日顔をあわせるのだから、ちょっとぐらい愛想良くしてくれてもいいのに、なんてあの頃は思っていた。いや、毎日どころか、部活のちょっとした印刷物を頼むのも事務室だったから、平均して一日に一度以上事務所には顔を出していたのだ。なのに、たった一人の例外(たしかナガサキさんという女性の事務員だったと思う)を除いて、僕が卒業するまで彼らの笑顔を見たことは一度もなかった。
 さらに言えば、彼らは全然融通がきかない人たちでもあった。鍵を借りるのも返すのも、きっちり時間が決まっていて、その時間内に手続きできなければ、鍵のやりとりをしてくれない。借りる方はともかく、返す方は受け取ってくれてもいいのにと思うのだが、時間を一分でも過ぎて返しに行くと、えらく嫌そうな顔で小言を言われるか、受け取ってもらえないことさえもあった。鍵は許可なく持ち出してはいけないルールだったし、せっかく返しに行ったのだから、受け取って欲しいなあと思っていた。まあ、時間通りに持っていかなかった僕が悪いのは確かなのだけど。
 時間と言えば、鍵の貸出票のはんこをもらうのも大変だった。
 というのは、顧問は現代文の先生で、授業が終わるとすぐに帰ってしまう人だったからだ。掃除当番にあたっていると大変で、廊下を走って行動しないと、顧問の退社時間に間に合わない。それでもよくはんこをもらいそこねた。文化祭が近い頃で、部室があけられないとどうしても困る期間には、貸出票を十枚ぐらい先に用意し、顧問には事情を話して先にはんこを押しておいてもらったこともある。あの先生は今どうしているだろう。ひょろりと背の高い、ぼんやりした感じの先生だった。野菜で例えると、ゴボウとかネギみたいだった。授業をもってもらったことはない。その先生の所属する学年の先輩から、「いい先生だよ」と聞いたことはあったけど。

 パーカーのたったひとつの欠点は、インクがだまになって流れ出ることが時々あることだ。これは、高校生の時もそうだった。しかも油性のねばっこいインクは、だまになると中々乾かない。貸出票にできたインクだまが顧問や事務員の手を汚すことがあって、黒いよごれのついた自分の手を、顧問は不思議そうに、事務員は不快そうに眺めていた。僕の手帳にもインクの汚れがたくさんついている。あまり気持ちのいいものではない。でも、だまが流れた彗星の尾のような汚れを見ると、顧問や事務員の顔を思い出して、なんだかにやけてくる。だから、これはこれでまあいいだろうということにしている。