笛吹きもぐらは旅をする

笛吹きの、慢性疲労症候群の療養日記。

竹中大工道具館

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「ほかのことと全部おんなじさ、フレッチャー。練習だよ」
 

 新神戸の高層マンション群の谷間に、取り残されたような日本庭園風の区画がある。竹中大工道具館だ。
 僕はすでに何度かここを訪れている。木工工作の体験ブースがあって、子どもが時々来たがるのだ。年齢に応じた難易度の違う木工キットを、館内工房の道具を使わせてもらって、すぐに作らせてもらえる。自分の手で何かを作るのはとても楽しい。木工の指導をしてくださるボランティアスタッフも親切だし、僕も子どもも気に入っている。

 しかし展示はというと、大人向けのちょっとマニアックな内容だ。古代から江戸時代までの大工道具、それによって加工された木材や建築物の一部が展示室に並んでいる。正直に言って、子どもが楽しむには難しすぎるだろう。けれど、僕は工作を終えたらすぐに帰りたがる子どもを何とかなだめながら、少しの時間、展示を見ることにしている。なぜなら、このミュージアムにある展示物も、それを納めている建物も、とても美しいからだ。

 実用を極めた道具というのは、どうしてこんなにも洗練されているのだろう。ノミ、のこぎり、カンナ、墨壺・・・どれも一級の芸術品、まるで歴史的な芸術家の磨き上げた彫刻のようじゃないか。石器時代の石斧は宝石のように艶やかだし、墨壺なんて触らずにはいられないほどセクシーだ。展示のいくつかは、実際に触れることができる。木と鉄でできた道具の手触りはどれも心地よい。そして、僕みたいな素人の手にさえしっくりとなじむ。
 それらの道具を使って加工した木もまた美しく、素晴らしい手触りをもっている。ハツリの技法で仕上げた板なんて、見た目は荒々しいのに、そっと指を這わせてみると、人の肌のようになめらかだ。
 そして、展示の中でも特に僕が好きなのが、カンナ屑だ。材木の種類ごとにカンナ屑を納めたケースがあって、蓋を開けると、それぞれのカンナ屑が木の香りを放つ。面白いことに、どのカンナ屑もひとつとして同じ香り、同じ手触りをもたない。これは、実際に自分の指先と鼻で感じてもらわないと分からないが、結構感動する。そして、それぞれの木材の得手不得手をきちんと考えながら、適切な道具を使って木を建築物へと変えていく大工の知恵と技術に感服する。
 展示もいいが、建物も素晴らしい。
 外観はモダンな平屋づくりで、その周囲を日本庭園風の庭が囲んでいる。建物は直線を基調にしているが、木材の部分が見えるようにデザインされているせいで、少しも硬さを感じさせないのがいい。総ガラス張りのエントランスホールから眺める庭も、とてもきれいだ。このエントランスホールでは特別展や講演会が行われることがあり、頻繁に訪れても飽きることがない。音の反響の具合がいいので、小さなコンサートなんかにも良さそうだ。ミュージアムの入り口を通り過ぎて奥に進むと離れがあり、そこは休憩室になっている。この休憩室も落ち着ける木の空間で、コーヒーを飲みながらゆっくり本を読んだら気持ちいいだろう。
 小さなミュージアムだが、来場者を飽きさせない工夫がよく凝らされていると思う。

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 凝り性の娘の工作が終わらないので、暇そうにしている僕にボランティアの老紳士が、「ちょっとカンナかけてみる?」と誘ってくれた。僕は大工道具を触ったことがなかったので、ちょっと戸惑ったけど、先に工作を終えた息子たちが僕をけしかけるので、試させてもらうことにした。
「手前の方に添えた手に、ぐっと力をいれてね、それで、一息に最後まで引くんですよ」
 老紳士が木材の上でしゅっとカンナを滑らせると、オブジェのように美しくカールしたカンナ屑ができあがる。「はいどうぞ」とい渡されて、僕も同じようにやるのだが、うまくいかない。途中で切れたり、ひっかかって進まなくなったり・・・難しい。
「お父さん、下手!」
 子どもたちは大笑い。美しい仕事は、にわか仕立てのえせ職人にはできないらしい。僕は老紳士の削った美しいカンナ屑をつまんで、このこの木くずを作れるようになるまでの職人の経験値に
、頭が下がる思いがした。