笛吹きもぐらは旅をする

笛吹きの、慢性疲労症候群の療養日記。

楽器の遠鳴りって、なに?

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 特別にテーマを決めずに書き殴っているこのブログなわけだけど、その時に興味の向いていることを話題にするので、近頃はトランペットだのクラリネットだののことばかり書いている。で、はたと気がついた。フルートの話、全然してないなあ。僕ってフルート吹きなんじゃなかったっけ? 最近の記事を読み返すと、トランペットとクラリネットに加え、トロンボーン、サックス、あとは読書のこと・・・最後にフルートを話題にしたのは、もうずいぶん前だ。
 別に、フルートを辞めてしまったわけではない。ちゃんと吹いている。ただ、フルートはある程度やりたいことが自由にできてしまうので、記事にしたいと思うほど興味のゲージがあがらないだけだ。
 実は最近、トランペットだのクラリネットだのを吹いているのが影響してか、フルートの調子がいい。うん、明らかにいいね。楽に鳴らせるし、指回りもいい。他の楽器に手を出すとアンブシュアが崩れるなんてことも世間では言うようだけど、あれはウソだね。
 もちろん、その前提として、自分のメインとしている楽器のアンブシュアのイメージがきちんと出来上がっているっていうのは、とても大事。フルートであれば、息の束の太さ、スピード、圧力、ライザーに吹き付ける位置と、そこまでの距離・・・そういうのがしっかり体に染みこんでいて、ズレがあれば瞬間的に補正ができる、というのが前提だけど。

 話が逸れてしまった。話題を元に戻すと僕の場合、他の管楽器に取り組んでいることが、フルートの演奏にいい影響を与えているようだ。他の楽器のトレーニングにおいて、フルートではまず要求されないような圧力のブレスや、指の負荷が要求されるからだろうと思う。トランペットの高音域で使う域のスピードは、ピッコロの高音域に近いし、サックスが要求する指の力は、フルートより明らかに重い。そのせいで、僕の管楽器を演奏する上での身体機能は、フルートだけを吹いていた時よりも向上している。
 ただ、曲をさらう時間だけは明らかに減っているので、曲の理解だとか難しいパッセージのさらい込みだとかという面では、落ちているかな。まあ今は、年に何度も演奏会にのっているわけではないから、演奏会が近づいてきたらさらおうっと(ホントはそういうやり方しちゃダメ)。

 いやでもね、ホントに、どの管楽器奏者にもオススメですよ、自分のメインとしているもの以外の管楽器にトライするっていうのは。特にトランペットは薦められるね。人にもよるんだろうけど、難しい楽器ではある。しかし、ブレスを鍛えるという意味では、トランペットは大きな効果があると、僕は思う。
 僕の場合は他にも色々やっているので、トランペットだけのお陰かどうかはちょっと分からないけど、最近、フルートを「太く」吹くのが明らかに楽になったと感じる。この、「太く」っていうのを、楽器を演奏しない人に分かるように説明するのが僕にはできないのだが、具体的に言うと、音色としては鋭くなりすぎない範囲の豊かなフォルテにとどめつつ、合奏の中からもこっと一本線が浮き出てフルートが聞こえるような吹き方だ。

 ところで、合奏の中で、音色的に浮かないように気をつけつつも、しかし自分の音をちゃんと客席に届けたいと願う時、僕たち管楽器奏者は「遠鳴り=音の遠達性」を意識する。
 この、音の遠達性というやつ、一体どういう原理の現象なのか、正直に言うと僕にはよくわからない。もちろん、経験上は「遠鳴りする音」「そば鳴りする音」という現象が存在することを知っている。けれど、これについて科学的に納得できる説明を、僕は聞いたことがない。
 普通に考えれば、「大きな音=遠くまで聞こえる音」ということになるだろう。しかし、「遠くで聞こえた音=大きな音」というように、イコールの左辺と右辺を逆転させた言い方は、必ずしも僕たちの経験とは一致しない。僕たちは音楽の現場で、遠鳴りを意識したフルートのピアニッシモのソロが、厚く鳴り響く弦楽器の伴奏を飛び越えて客席に届くことを知っている。そして実は、どう考えても合理的としか思えない「大きな音=遠くまで聞こえる音」の公式が、遠達性の低い演奏や楽器では成立しないという現象もしばしば経験する。
 これが、管楽器における遠鳴りの謎だ。
 まったくもって奇妙なのだが、遠鳴りしている音というのは不思議なことに、演奏している本人やその周囲にいるプレイヤーには、あまり聞こえていない、という場合がある。遠鳴りしているし、近くの人にも聞こえている、というケースもあるのだが(本当はそれが一番いい。アンサンブルしやすいし、お客さんも満足する)、遠鳴りの音はしばしば、全くそば鳴りしない、ということがあるのだ。

 楽器にもよるし、僕とは違う意見の方もおられるとは思うけど、フルートの場合概ね、シルバーの楽器は「そば鳴りしない、遠鳴り」をし、ゴールドの楽器は「そば鳴りも遠鳴りもする」ように感じられる。そして、「そば鳴りするが、遠鳴りしない」のが、エントリーグレードの洋白やニッケル製の楽器である、といのが僕の印象だ(オールドの丁寧に製作された楽器は、洋白製でも素晴らしい響きをもつものがあるが)。
 僕はヤマハのスタンダードグレードのフルートを愛用しているし、優れた楽器だと信じてもいるけど、残念ながら、ホールで演奏した時に会場の隅々まで音が届くような鳴らし方はできない。なんだろうな・・・自分の周囲、直径3メートルぐらいの範囲を、見えない緞帳で囲われたかのように、ごく近い距離ではよく鳴っているように聞こえるのだけど、一定以上の距離をとると、モヤがかかったような響きになる。音が、急に失速して、ボタッと床に落ちるような印象だ。
 マイクを使って音を拾うようなシーンでは、スタンダードでも問題はない。むしろ軽快に演奏できていいんじゃないかと思う。しかし、ホールではダメだ。音の厚みが全然足りないし、エネルギーもない。ちなみに、絨毯敷きのサロンみたいな場所も厳しい。響きが薄く、倍音の香りが少なすぎて、冷めたインスタントコーヒーみたいに味気ない音になってしまう。
 でもね、これ多分、わざとそういう設計をしてるんだと思うよ。僕がそう思う理由はふたつ。ひとつは、セールスの問題。つまり、安い楽器で高い楽器と同じ事ができてしまうと、高い楽器が売れなくなってしまうから。そしてもうひとつは、遠鳴りする楽器は、奏者のパワーがかなり必要(その、パワーというのが何なのかというのがまた、説明しにくいのだけど)で、十分に体や耳が出来上がっていないビギナーが使うと「鳴っている」感覚がつかみにくいから。これ、分かる人には分かってもらえると思う。分からない人は、練習をつめば分かるようになると思う。メーカーさんも、工夫してるんだよ。分かってあげて。

 ここまで、楽器側のファクターを書いてきたけど、遠鳴りという現象は当然、奏者がどのように楽器を吹くか、どのような能力をもっているか、にも左右される。

 どのように吹くか・・・イメージの問題だよね。
 僕たち管楽器奏者は、音について色々なイメージをもち、それを言葉で表現する。固さ、太さ、輝き、熱量、直進性、遠達性・・・もちろん、音には手で触れられないのだから、触覚的な意味で言う固さなどないし、目では見えないのだから色も明暗もない。ましてや、直進性など、一体なんのことやら。しかし僕たちは「音が突き抜ける」だとか「音が広がる」などという表現を当たり前のように使い、それを奏者同士の間では、特に説明もなく理解しあうことができ、演奏に反映させることができる。そして、「突き抜ける」イメージをもって演奏された音は、実際に「突き抜け」て響くし、「広がる」意識を大切にして演奏された音は、やわらかくホールに広がっていくように感じられる。
 そして、奏者の能力。
 イメージを実体のある音に変換する身体能力がなければ、然るべき音は鳴らない。さっき、エントリーグレードの楽器は遠鳴りしない、ということを書いたが、奏者も同じだ。車で例えると、100馬力のパワーで走らせようと思ったら、100馬力以上の力をもつエンジンが絶対に必要で、最高出力が100馬力未満のエンジンでは不可能だってこと。
 そして、当然、100馬力ジャストの最高出力のエンジンで100馬力だそうとすれば、出力のピークまでスロットルを開けてやらなければならない。しかし、500馬力出せるエンジンなら、ちょっとアクセルを踏めばすぐに100馬力を得ることができるだろう。

 で、えらく話が長くなってしまったのだが、ここんところ僕のエンジンの最高出力があがってきているように感じるってことなんだ。
 指の力については、やはりテナーサックスを吹いているのが効果を発揮しているように思う。タッチの重さも、ストロークの長さも、明らかにテナーサックスの方が負荷が大きい。テナーの操作に慣れてしまったら、フルートなんでもう、フェザータッチもいいところ。コントロールさえうまくいっていれば、軽々と指が動く。
 そして、ブレスはトランペット。トランペットの低音域で必要とされる息の遅さ、高音域で必要とする息の速さは、アルトフルートの低音域からピッコロの高音域ぐらいの幅があるように僕は感じる。そのスピードのコントロール幅で常時演奏しているのだから、トランペットというのはとにかく息の流速のコントロールが命だともいえるだろう。そして、僕の場合、特に低音側の遅い息のコントロールがフルートの演奏にいい影響をあたえているように思う。車の例えで言い換えるなら、エンジンの低速トルクが向上した感じ。
 まるで、フラットな出力特性の大排気量エンジンに積み替えたようだ。どの回転域でも、強いトルク、強いパワーを発揮できる、3リッターぐらいのエンジン。回転数を落としても、発進で気を遣う必要もなく、エンストの危険性もない。アイドリングでもクラッチをつなげられるようなイメージ。そして、坂道でもアクセルに応じてリニアに加速できる太いトルクとパワー。
 これがあるお陰で、あまりピーキーな鳴らし方をしなくても、楽器を鳴らすことができるようになった。まあ、僕の場合、使っている楽器が2ストロークマシンのようなタイプなので、普通の楽器よりはコントロールがシビアではあるのだけど、以前より楽に「音がヌケている」という実感を得られるようになったと思う。
 だから、言い方を変えると、パワーバンドをはずさずに吹ける技術が身についた、という風にも言えるね。そう書いてみると、あー、こっちの方がしっくりくるかもしれない。パワーと、コントローラビリティ。その両方が向上したわけだ。

 奏者が自分で、自分の音が遠鳴りしているかどうかを確認するのは、難しい。
 僕の場合は、練習会場の残響やホールからの「かえり」を聞くか、録音だね。録音も、機材によって拾いやすい帯域とそうでない帯域があるようなので、100%信用することはできないけど、まあでも、録音が確実かな。あとは、信用できる人の感想を頼る。
 で、自分の音だけがヌケすぎてうるさいっていうのも、僕は嫌で、なるべく柔らかい耳障りをキープしつつ、周囲と調和しながら、しかしフルートの音の輪郭はたもった状態で、ちゃんとお客さんに聞こえてるのが理想だと思っている。これがねー、難しい。溶けすぎると聞こえないし、硬すぎるとうるさい。だから僕はフルートを、「太く」吹くことを心がけていて、ただしここ数年「なーんだか、成功しないな」という感覚をもっていたのだけど、今年になってトランペットのトレーニングを始めてから、いい感じじゃないかなあという風に感じられることが増えてきたように思う。

 ありゃりゃ、自分の言いたいことがうまく伝わっている気がしなくて、思いつくままに言葉を重ねたら、ずいぶん長くなってしまった。そして、読み返してみて、伝えられたかどうかと言うと、いまいち成功していない感じがする。ごめんなさい。
 とにかく、フルート吹きの僕が、フルート以外の楽器に真剣にとりくんでみたら、結局フルートの技術向上につながったって話です。しかし、ああ、週末はオケの練習だ。トランペットばっかり吹いてないで、フルートも吹かないとね。