笛吹きもぐらは旅をする

笛吹きの、慢性疲労症候群の療養日記。

なぜか、クラリネットを買う。

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 クラリネットを買った。
 は? って感じだよね。僕もそう思ってる。
 待って、待って、説明させて。色々あんのよ。

 基本フルート吹き、時々サックス吹き、一応トロンボーンとユーフォも吹けて、なぜかトランペットも持っている僕は、実は一時期、クラリネットを持っていた。
 もう20年も前の話になる。ベース弾きの大学の同期が、中学校の音楽教諭になって吹奏楽を教えることになったのだけど、彼女は管楽器のことが全然分からない。で、真面目な彼女は、とにかく何か吹いてみようということにしたらしく、どこからか中古のクラリネットを買ってきた。しかし、仕事は忙しく、クラリネットを吹く時間などない。そんな折、僕が訳あって務めていた会社を辞めてぶらぶらしていてるという話を聞いた彼女は、「暇なら吹奏楽教えに来て、昼飯おごるから」と僕を呼びつけた。僕は暇だったので彼女の中学校に遊びに行った。三ヶ月くらい通ったかなあ。よく考えると、今と同じようなことを20年前もしてたんだね。それはともかく、奢ってもらった昼飯を一緒に食べながら話している中で、「吹かないクラリネットもってるんだけど、いらない? 一万円でどう?」と彼女から提案された僕は、「一万円ならもらう」と引き受けた。
 ヤマハの廉価モデルのクラリネットだった。コンディションは、悪かった。キィが曲がっていた。そのキィを、僕は大学の後輩のクラリネット吹きに直してもらった(ありがとう)。その後輩は後にヤマハに入社し、YCL-450Mを開発した。それはともかく、直ったクラリネットを僕はしばらく練習したが、全然上達しなかった。その後僕は再就職して忙しくなり、クラリネットを吹かなくなった。すると、僕がクラリネットを持っていることを知っているチューバ吹きの友人が「あのクラリネット、いらないんなら譲ってくれない?」と言ったので、一万円で譲り渡した。

 時は過ぎて、今日に至る。
 僕はまた、吹奏楽を教えに中学校へ遊びに行っている。遊びに行っている感覚ではあるが、一応お礼を頂いているので、マジメに遊びに行っている。なので、やるべきことはちゃんとやることにしている。例えば、運指を尋ねられればちゃんと答えるっていうのも、僕なりの「ちゃんと」の一つだ。
 先だって、クラリネットの二年生に、トリルの運指を質問された。トリルか・・・。一時期、多少クラリネットに取り組んだので、普通の運指は知っている。しかし、トリル運指まではさすがに覚えていない。その時は、一旦保留にさせてもらって、オケのクラリネット奏者に運指を教えてもらい、後日回答した。
 一応、「ちゃんと」回答はした。しかし、すぐに答えられなかったのが、ちょっと悔しかった。トリル運指・・・さすがに、普段吹かない楽器のトリルまでは覚えてねぇよ。覚える義理もねぇよ。そう片付けることは簡単かもしれない。でも、この時に感じたほんのちょっぴりの悔しさが、僕の中の何かに火をつけた。
 これは、クラリネットの演奏を覚えるチャンスなんじゃないか?

 クラリネット、吹けたらいいよなあ、とは常々思っていた。例えば、オケの練習にクラリネット奏者が休んだ時、自分が降り番で休憩だと、代わりに吹けたら暇じゃないのに、と思っていた。たまには木五でもやろう、って話になった時に、フルート吹きは自分も含めて二人以上いるのにクラリネット吹きがいない時にも、僕が吹けたらいいのになあって思っていた。そんなとき、仕方がないのでフルートでクラリネットの譜面を実音に読みかえて吹いたりすることもあったのだけど、もちろん音色は違うし、音域も少し違う。フルートではクラリネットの低音レから下の音域が吹けない。フルートでクラリネットのまねごとをするのには、限界がある。
 クラリネットの音楽をしたいなら、クラリネットを使うべきである。そのためには、クラリネット自体と、クラリネットの演奏技術が必要。クラリネット自体は、買うしかない。演奏技術は、学んで練習するしかない。問題は、それをするかしないか、それだけだ。
 どうせ他にできることもない。僕は、自分に投資してみる気になった。

 実は近頃、EWIの調子がいい。タンギングした時に発生していた異音が、この頃は出ないのだ。その異音の問題を解決するために、EWIをエアロフォンに買い換えようとお金を貯めていたのだけど、異音が発生しないのなら、無理に買い換える必要はないので、その貯金をクラリネット購入にあてられる。予算は10万円前後。ヤマハなら、中古のYCL-650か、新品のYCL-255あたり。で、最初は木製の650を狙って中古品を探していたが、途中で考えが変わって結局、樹脂管の255を近所の楽器屋さんで注文した。
 僕がそのクラリネットをどこで練習したり使ったりするかと考えると、人気のない公園だとか中学校だとかになる。すると、直射日光にさらされることもあるだろうし、スワブも通さずにしばらく放置することもあるだろう。この時心配なのが、管の割れだ。木製管は、割れる。これはもう、仕方がない。木製管の運命だ。学生の頃、練習中に仲間のクラリネットが突然「ピシッ」と音をたてたのを聞いたことがある。あれは、本当に嫌な音だ。大きな音でもないのに、はっきり聞こえた。割れの修繕は可能だけど、時間がかかるし、もちろんできれば、管の割れなど経験したくはない。ならば、最初は割れのリスクの少ない樹脂管にしておこうという気になったのだ。

 注文したYCL-255は、八月頃に届くらしい。五月に注文して八月か? とは思ったけど、コロナだの戦争だので起こっている物流の混乱のせいなのか、この頃は、新品の楽器を頼むと店頭在庫でないかぎり、それぐらいかかるものらしい。へーぇ。すぐに手に入れるつもりで色々準備したのだけど、仕方ないね。

 ちゃんとしたクラリネットを手元に置くのは、20年以上ぶりになる。楽しみだなあ。うまく吹けるだろうか。20年前よりは吹けるだろう。あの頃はまだ、サックスを始める前だったし、練習する時間もとれなかった。今は、同じシングルリードのサックスが十分吹けるし、幸か不幸か、練習も多少できる。上達できる自信がある、というのが、購入にむけて背中を押したってところもあるだろう。
 何だか、楽器を買ってばかりいるようだが、今は他に時間もお金も使うあてがないので、これでいい。楽器を持って公園に出かける、楽器をもって中学校へ行く、それがモチベーションの高い運動になるし、体力の維持と増強につながるのだから、治療のうちだと僕は考えている。目的もなく歩き回って、脚を痙らせているよりは、よほどベターなずだ。