笛吹きもぐらは旅をする

笛吹きの、慢性疲労症候群の療養日記。

譜面が先か、吹けるのが先か。

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 十数年前、横浜の小学生の金管バンドに関わっていた頃があった。
 そのバンドの先生が面白い人で、僕も色々なことを教えてもらったけど、子どもたちへの教え方もなかなかユニークな人だった。
 その先生が、ある時僕をつかまえて言った。
「こいつら(小学生のバンドメンバー)、入部の時点では譜面読めない子が、ほとんどなんだよ。でも卒業までには、なんとなーく、読めるようになって出て行くんだよね。俺、譜面の読み方なんて、ぜんっぜん教えないのにさ。不思議だよなあ」
 バンドには、4年生から参加できるのだが、バンドに入りたての4年生はある程度音が出るようになると合奏にまじり、5、6年生にひっついて、ぶっぶかぶっぶかと、ラッパを吹く。わりと、ちゃんと吹く。ちっこい小学生が演奏する姿は、なかなかかわいい。もちろん、上級生のようには吹けないが、それでも一生懸命センパイのマネをして、ピストンのポジションも、音も、かなり、ちゃんと正しく吹いていた。
 先生によると、彼らは譜面を読むよりも先に、ポジションと音を覚えてしまうのだそうだ。そして、リバースエンジニアリングのような形で、「僕の吹いているこの音は、楽譜だとこれかあ」みたいに、音と音符を一致させていくんだって。「演奏→読譜」という流れになっているってことか。演奏が先って、すげえな、小学生。
 その先生、すごい人で、後に栄転して校長先生になった。今はもう退職されていてもおかしくないお年だと思うが、お元気にされているだろうか。横浜を離れて久しいので、音信は途絶えている。チャンスがあればまたお会いしたいと思う人ナンバーワンなので、ご息災だといいのだが。

 で、僕は今、神戸の中学生にかかわっているわけだけど、彼らは新しい曲に取り組む時にまず、譜面を読もうとする。つまり、「読譜→演奏」という手順で、楽譜を音に変えていこうとする。
 まあ、普通だよね。普通なんだが、この理解の手順って、読譜ができないと、そこでつまずいちゃう。そして、読譜でつまずいている中学1年生を、結構見る。そして、演奏できるようになるまですごく時間がかかる、という状況が、しばしば発生する。
 中学生はなぜか、この「読譜→演奏」という手順にこだわる。日本語の国語の学習における「読み書き」優先の考え方に似ているかもしれない。まず、文字の理解があって、それを土台に音声コミュニケーションの発達を進める、という構造。
 でもさ、言葉だって本当は、乳児の時に喃語の発声という音声によるコミュニケーションがスタートし、幼児へと成長していく過程で少しずつ耳から入る音で言葉を覚え、やがて文字を知るようになってから、文字と音を一致させていく作業が始まるという成長プロセスをたどるのだということを考えると、音楽も同じように、演奏が先行して、後から読譜ができるようになる、というプロセスをとったって構わないはずだ。
 もちろん、読譜をおろそかにしていいということではない。ただ、順番が逆でもいいんじゃないかっていう話。

 そういうワケだから僕は、「ここはどうやって演奏するんですか?」という質問を中学生から受けると、読譜は後回しにしてしまい、まずそのフレーズを僕が吹いて、その中学生にマネさせて、まず吹けるようにさせてしまうようにしている。だって、プレイヤーは吹けてナンボだし。読譜なんて、後回し、後回し。ていうか、教えない。
 そもそも、そういう質問をしてくる中学生は、大抵1年生なのだけど、そうやって教えているとね、だんだん質問にこなくなる。もちろん、諦めているわけじゃなくて、覚えた音を譜面を照らし合わせているうちに、読譜ができるようになってしまうのだ。
 ただね、調号と臨時記号だけは、ちょっと気をつけて面倒みてあげないと、フラットやシャープを落としたまま曲を覚えてしまって、本番直前にミスに気づいて焦るケースがあるので、質問に来ないからって放っておかないで、こっちから「上手くなった?」みたいな感じで声をかけて、チェックしてあげる必要はあるけどね。まあ、よほどのうっかりさんでなければ、2、3度声をかけてあげれば調号と臨時記号のルールも覚えてしまう(その、うっかりさんっていうのは、結構いるのだけど、その話はまた今度)。

 話は逸れたが、プレイヤーはとにかく、吹けなきゃどうにもならなくて、譜面が読めるのは後からでいい、っていうこと。どう吹けばいいかは、僕や先輩にきけばいい。で、マネして覚えちゃえばいい。それで、覚えた吹き方で吹きながら譜面を睨んでれば、あたかも譜面が読める人みたいに見えるじゃない。それでいいんだよ。譜面を睨みながら吹いてるうちに、譜面なんて読めるようになっちゃうんだしさ。実益のあることを優先しましょう。コスパ優先、タイパ優先の時代だからね。
 もちろん、読譜ができなくていいってことじゃない。習得の手順は逆でもいいってだけで、読譜はできるようになるべきだと思う。有名ミュージシャンの○○は実は譜面が読めなかった、みたいな逸話はたくさんあるけど、そんなのほんの一部で、基本はみんな、譜面が読める。あなたに、読譜力のなさを補う強烈なセンスと記憶力があるなら別に構わないかもしれないけど、その可能性をさぐるよりは、普通に譜面を読めるようになるための努力をする方が、やはり、コスパもタイパもいいはず。
 ま、いずれにしても、気長にやりましょうよ、ね。