笛吹きもぐらは旅をする

笛吹きの、慢性疲労症候群の療養日記。

ブリチアルディキィと、bisキィを覚えるのはその次でいい。

 

 吹奏楽を教えに行っている中学校の、サックスの一年生から質問をうけた。
「この音って、どこ押さえるんですか?」
 差し出された楽譜、スケールの課題だ。移調譜でH-Dur。問題の音は、サックスのラ#(あるいはシ♭)。ああ、これね、サイドキィ使うんだよ。あるいは、右手人差し指。どっちでもいいよ。そう応えると、その一年生は「でも、その指って、このバツしてあるやつですよね?」と、先輩からもらったらしいコピー印刷された運指表を僕に見せた。
 ん、どういうこと? いくつかあるラ#(あるいはシ♭)の運指だが、ひとつを残して、あとは戦後すぐの墨塗り教科書みたいに塗りつぶしてある。僕がいつも使う運指は、塗りつぶされていて、ひとつだけ残っているのが、bisキィを使うやつ。
 えぇぇ・・・一番使いにくいやつじゃん。
 僕はbisキィを使わない。ご存知ない方のために説明すると、bisキィとはラ#(あるいはシ♭)を出すために、左人差し指で押さえるキィで、通常その指で押さえているシのキィとbisキィの両方を一度に押し下げて使う。これが、僕にはめちゃくちゃ使いにくい。基本がフルート吹きの僕には、「一本の指で複数のキィを押さえる」という動きが指にインストールされていないのだ。
 似たような機能をもつキィがフルートにはあり、ブリチアルディキィというのだけど、それは左手親指一本で操作できるので、多用する。まあこれも「一本の指で複数のキィを押さえる」の延長線上にあるキィではあるが、自分の中のイメージとして、単体のキィだととらえているので、bisキィとはちょっと別物だ。僕はそう思っている。

 しかし、その子の運指表がbisキィ限定なので、一応使い方を教えて、「でもH-DurはAis→Hの動きで指をスライドさせなきゃいけないから、サイドキィか右手人差し指で対応した方がいいよ」と伝えた。
 サックスの一年生は他にもいて、もちろん彼らもH-Durのスケールに取り組んでいるから、どうしているのか確かめると、やはり同じ運指表を配られていて、bisキィ上で指をスライドさせるという奇妙な練習をしていた。
 いやいや、サイドキィ使おうよ。右手人差し指使おうよ。その場で訂正しておいた。
 後で一応、その指導でよかったか3年の先輩に確認をとると、「あー、適当にやってますね」ということだったから、どこかのタイミングで先輩かレッスンの先生の指導が入るのかも知れない。
 ここで、フルートの一年生がどんな運指をしているのか気になって確かめると、おおお、やっぱりブリチアルディキィの上で指を滑らせながらH-Durしている。ダメダメ、ダメだってば。そういうときは、右手人差し指かAisキィを使うんだよ。

 ブリチアルディキィもbisキィも、慣れれば便利なキィだが、常用してはいけない。使っていいシチュエーションとそうでないシチュエーションがあるんだってば。

 この、フラット系の演奏を容易にするためのキィって、絶対に先に覚えてはいけないと思う。楽だから、ではない。僕はスパルタ式非合理主義者ではないです。むしろ「必ずbisキィあるいはブリチアルディキィを使う」方がスパルタンだ。僕がそう考えるのがなぜかというと、「まずはオールマイティに使える運指を覚える」方が合理的だからである。だってね、Ais→Hの動きにbisキィから指をスライドさせるのって、変でしょ? そりゃあ、演奏中にうっかりbisキィに触って、あわててAis→Hの動きに対応する時なんかは、そういう動きもするだろうけど、でもそれは非常事態だからそうするのであって、あくまでもイレギュラーな運指だ。

 あ、でもね、トロンボーンの7posi.のHを出すために、F管の2posi.を使うのは、いいと思う。だって、7posi.遠いから。小柄な人だと届かないこともあるし。それは、最初から覚えるのも、アリ。投げ紐とか、無理して7posi.を使うより、よほど合理的だと思う。

 何事も基本が大事。木管楽器の運指は、まずレギュラーの運指をしっかり覚えましょうね。