詩は神秘でも象徴でも鬼でもない。詩はただ、病める魂の所有者と孤独者との寂しいなぐさめである。
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月に吠えたる犬は、自分の影に怪しみ恐れて吠えるのである。疾患する犬の心に、月は青白い幽霊のような不吉の謎である。犬は遠吠えをする。
萩原朔太郎の、岩波文庫版の詩集が我が家にはふたつある。どうやら、すでに一冊持っているのを忘れて二冊目を買ってしまったらしい。一冊目も二冊目も、いつ買ったか全然思い出せないのだけど僕にとって、とにかく買い直してでも読みたくなるのが、萩原朔太郎のようだ。
ボードレール風のデカダンが、灰色の日本語で綴られている。言葉づらを追っただけでも、かっこいい。高校生ならそういう読み方でも楽しいだろう。そして、言葉の深淵に一歩踏み込んだ瞬間に鼻をつく絶望の異臭と、絶望に反射する詩人の無垢。たまらない。
朔太郎を魂の病がはたしてなんだったのか、女か、孤独か、怠惰か、あるいは人生か・・・僕には分からない。分からないが、その懊悩を、腐った土から染み出る清水のように綴った詩は「なんか、おんなじような奴がいる」と僕を安心させてくれるような気がする。
もっと健全で単純な人間であれたらよかったのに、とよく思う。うーん、近頃は、かつで自分が思っていたよりは、僕は健全で単純だったという風にも感じるけれど、とにかく、朔太郎はそんな僕に「みんなおんなじようなものさ」とそっぽ向きながら慰めの言葉をかけてくれる。
僕と朔太郎は、遠く離れた場所から鳴き交わす、青白いふしあわせな犬だ。