笛吹きもぐらは旅をする

笛吹きの、慢性疲労症候群の療養日記。

フルートの音色について思うこと

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 ラジオをつけたら、モーツァルトのフルート協奏曲が流れていた。ニ長調の、オーボエ協奏曲と共通の方だ。ラジオをつけた時にはもう二楽章だった。そのフルートソロの音がとても力強い。その力強さが、なんというか、僕が今まで耳にしたことのないような強烈さだったので、ソリストは一体誰だろうと気になって、最後まで聴いていた。
 演奏が終わって、クレジットがアナウンスされると、そのソリスト、かつてのNHK交響楽団の首席奏者、吉田雅夫さんだった。

 吉田さんの音、低音から中音域あたりまで、とにかくパワフルである。高音域は、中低域に比べるとやや細い。マルセル・モイーズの鳴り方によく似てるなあ。ランパルやゴールウェイだと高音域までまっしぐらにブリリアントなので、ちょっと系統がちがう感じがする。そう言う意味では、ちょっと古めかしい音色かもしれない。
 吉田さんの楽器、一体なんだったんだろうとグーグルさんに訪ねてみると、ちょっと不確かなのだけどどうも、初期は東独ハンミッヒ、ある時期から米ヘインズ社製ゴールドのようだ。
 音色については、奏法の問題もあるが、楽器も重要なファクターだと思っている。演奏は、奏者と楽器の共同作業。「どのような楽器を使うのか?」という選択はすでに、演奏の一部である。
 それにしても、フルートという楽器の低音域というのはあんなにも力強く鳴らすことができるものかと目をむいてしまうほど、吉田さんのモーツァルトは凄かった。Wikiによれば、ニ長調協奏曲の日本初演は吉田さんなのだとか。戦後すぐのようだから、ハンミッヒを使っていたのかもしれない。現在、ハンミッヒ吹きとして名高いのは高木綾子さん。高木さんの音色も、中低域が猛烈にパワフルだ。これは、ハンミッヒという楽器と、ハンミッヒ吹きに共通する特徴なのかもしれないな。
 一方で現代のアメリカ製フルートやその構造を踏襲した日本の大手メーカー製フルートは、全音域にわたって均一によく鳴る一方で、強い個性を発揮しないように感じる。変な言い方だが、良くも悪くも、雑味がない。そのニュートラルさが個性といえば個性なのかもしれないが、ひねくれ者の僕にはちょっと物足りなくて、もうちょとアクの強い音を耳が求めてしまう。

 現代のアメリカ製楽器、楽器屋をひやかしにいけば当然のようにショーケースにならんでいるので、試奏は何度もしたことがある。そして、現代アメリカ製の楽器に共通する特徴があるのだけど、それは頭部管の設計として、中庸なライザーの高さとスクウェアで大きな歌口を採用し、ライザーの上下両方に大胆なカットが入っている点だ。

 僕の印象として、ライザーの高さは低音域の鳴りやすさにつながる。例えばヤマハのECタイプの頭部管は高めのライザーを採用しているが、あれは中低域に鳴りのバランスをふった設計である。吹奏感としては抵抗が増し、低音域のダイナミクスが広がる一方で、高音域ではかなり高い息の圧力が要求され、どうしても鳴りが細くなりやすい。ある意味ではクラシカルな設計だといえる。
 そこで、ライザーの高さを少し抑えることで、低音域の力強さを多少犠牲にしつつも、高音域の伸びやかさも得ようとしているのが、中庸の高さのライザーだ。現代の楽器は、どのメーカーでもこのタイプがスタンダードに位置づけられていると思う。

 歌口の形がスクウェアであることについて言うと、この形は、ポイントの幅が広く、ミスのリスクが低い。的が広いので、息の量もたっぷり入る。ライザーの出入り口にカットが入ることによって、さらにその傾向に拍車がかかる。スクウェアな唄口の楽器は、フォルテ側にレンジが広い反面、一定以上に息の量を絞り込むと、ピアノの音色が乾いた感じになるのが難点。
 20世紀前半より以前の楽器の歌口の形は、もっとオーバルだった。オーバルの歌口はポイントが狭くコントロールが難しいが、銀の針のように鋭い息を送り込めばピアノからフォルテまで美しい音色が得られる。基音の鳴りの太さはスクウェアに軍配があがるけど、オーバルの方が倍音の立ち上がり幅が広く、豊かな音色であるように感じる。
 オーバル型の唄口は、サイズも小さい。唄口が小さいと、これもやはり、息の入る量が少なく、ポイントも狭い。なのでオーバル型の唄口をもつ楽器を選ぶ人は、内吹きにして圧力の高い、スピードの速い、コンパクトでハイプレッシャーな息を使う。この傾向が、モイーズや吉田さんのような音色を生むのだろう。
 フルートの音色を決めるファクターは、楽器の材質や設計、重量など、歌口以外による部分も多い。しかし、音色という点に関して言えばやはり、歌口まわりの設計が強く影響するのは間違いないと思う。

 さて、カットをおおきく入れたスクウェアタイプの現代的な楽器と、名器と呼ばれる歴史的な楽器のディティールを取り入れたオーバルタイプの楽器、どちらが優れているかと言うことはできないが、僕の個人的な好みとしては、やっぱりオーバルタイプの歌口がいい。

 なんだろうな、別に、これは好みの問題なので、この話題を出してスクウェアタイプの歌口を好む人の批判をする気はないのだけど、やっぱりオーバル型の歌口の方が音色のバリエーションが豊かなんだよね。いや、スクウェア型の歌口にはスクウェア型のメリットやアドバンテージがあって、フォルテの要求に対する余裕とか、基音が分厚く鳴ることによる音の抜け感とか、ミスのリスクの低さとか、そういうのってオーバル型の歌口では難しいことばかりなんだけどさ、でもスクウェア型の歌口の個性って言うのは車でいうと大排気量セダンみたいなもので、それって個性なの? みたいな没個性感が個性なのであって、性能的にはすんバラシイのは理解できるけど、自分がそのハンドルを握って高速道路を余裕綽々でクルーズして楽しい! って感じられるかっていうと、ちょっと違うんだ。

 僕は、超優秀なモビリティである高級大排気量セダンよりは、ピーキーな2ストロークエンジンを積んだレトロバイクの方が、運転して楽しいし、見ていてワクワクできるタイプなんです。

 まあ、僕みたいなのはフルート界においてマイノリティだと思うので、だからこそ、大音量優先の楽器が幅をきかせているのだろう。
 別に、音量至上主義が悪いとは思わない。それは時代の要求である。別に抗う気もない。僕だってもしお金があれば、ヤマハイデアルを一本手元に置いておけたらどんなに楽だろうと思うこともある。でも僕の楽器は御年70歳オーバーのヘインズ。ヤマハとオールドヘインズを天秤にかけて、僕はヘインズを選んだというわけだ。そしてその選択を決して後悔はしていない。

 いやそれにしても、吉田さんの演奏、すごいな。お名前はもちろん知っていたし、吉田さん訳のモイーズの楽譜を持っていたりもするけれど、録音を聴いたのは多分初めてだ。勉強になる。どうやったらあんな風に鳴るんだ? 今度、YouTubeで画像を探してみよう。