笛吹きもぐらは旅をする

笛吹きの、慢性疲労症候群の療養日記。

日岡神社

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 日岡。坐す神は、大御津歯の命の子、伊波都比古の命なり。み狩せし時に、一鹿この丘に走り登りて鳴く。その声比々といひき。故れ、日岡と号く。
 
「新編日本古典文学全集5 風土記」 植垣節也(校注・訳) 小学館

 

 宝殿に行ったついでに、もう一所、寄りたい場所があった。加古川日岡神社だ。
 去年結婚し、今年の夏に嫁さんが妊娠した友人がいる。僕の友人は、当たり前だがもういい歳で、やっと結婚が決まったことを僕たちの仲間は喜んだ。飲み会になると、さっさと子どもを作れよ、と冷やかしていたのだけど、そう何度もからかわないうちに、嫁さんの妊娠の話を聞いた。僕たちはもう彼をからかえないと、喜ぶやら残念がるやらで大騒ぎであったが、とにかくめでたいことであった。そして友人一同、彼と同じように、嫁さんの安産を願っていた。
 長いつきあいの親友のためには、お守りの一つも渡すのが親友のツトメというものだろう。安産といえば日岡神社だ。ここは摂津から播磨にかけての地域では有名な安産祈願のお社で、厄除けなら多井畑神社、商売繁盛なら西宮戎神社、というように、安産なら日岡神社。生石神社に寄った帰り道、そういえば日岡神社ならここから近いなと、ふと思った。
 

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 日岡神社に行くには、加古川駅加古川線に乗り換えて日岡駅で降りろと、携帯が僕に案内してくれた。
 加古川駅構内にある出口とは別の改札機を通って、細いエスカレーターを上がると、緑色の電車が停車していた。一方は二両編成、もう一方は一両編成。短い。しかも、どうやらワンマンらしい。先発は二両編成の方だったので自分で扉をあけて乗車する。
 僕はワンマンの電車を利用するのはこれが初めてだった。要するに路線バスと同じシステムで、乗車時にどこから乗ったのかを記録する券を取り、下車時にそれを運転手兼車掌にそれを見せて運賃を精算する。ICカードも利用できるが、ICカードに対応していない区間があるので、気をつけなければならない。僕は乗り換えの時に駅員に尋ね、日岡神社まで行くむねを伝えると「日岡駅はタッチで大丈夫ですよ」と教えてもらっていたので、乗車駅で取る券はもらわなかった。
 加古川線は、三十分に一本のペースで運行している。僕の乗った二両編成は、僕が乗車してすぐに発車した。ラッキーだった。
 

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 日岡駅無人駅。僕を含めて数人が下車する。親子連れが二組と、若い男性が二人、それと僕。男性は地元の人らしく、早足でさっさと行ってしまった。親子連れは、僕と同じ方に進んでいく。そして日岡神社に入った。町には人通りがほとんどないけど、日岡神社の境内には、赤ちゃん連れの家族や妊婦さんでけっこう賑わっている。
 日岡神社の主祭神は天伊佐佐比古命。聞いたことのない名前の神様だから、古い土地の神様なのかもしれない。神武天皇の東征にご縁があったらしく、灘の海岸一帯に多い神功皇后ゆかりの神社よりも歴史は深そうだ。安産祈願は、神話の中でも特に有名なヤマトタケルの母、針間伊那毘能大郎女の出産に際して天伊佐佐比古命が忌み篭もりをしたことに由来。神武天皇は初代、ヤマトタケルの父である仲哀天皇は十二代。それだけの歴史があれば、御利益はまちがいなかろう。
 まずは参拝し、社殿を眺める。立派な権現造りのお社だ。火災で焼失した社殿を昭和四十六年に再建したものらしい。破風が城郭のようで美しく、生石神社の素朴さとはまた趣が違って、眺めるのが楽しい。境内のあちこちに摂社末社が祀られている。神社と地域の歴史に想像を巡らせるのにも心躍る。
 

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 ひととおり境内をめぐって満足してから、僕は社務所に寄った。安産祈願のお祓いの受付をする人たちの列に並んで順番を待ち、窓口の巫女さんに尋ねた。
「友人の奥さんが今度、出産するんです。初産なんです。持ち帰ってプレゼントしたいんだけど、どのお守りがいいですか?」
 巫女さんはちょっと困った顔をした。そういうお守りはないらしい。たぶん本当は、本人が参拝して、お祓いをうけ、腹帯をいただくべきなんだろう。無理なお願いをして申し訳ないと思いつつ、巫女さんの返事を待っていると、「例えば、ご友人の奥様とお子様の、お体の無事を願って、こういうのはいかがでしょう?」と身肌御守なるものを勧めてくれたので、それをいただくことにした。
 神社を後にして駅に戻ると、加古川駅に戻る電車が出たところだった。僕は駅の待合室で次の電車を待ちながら、御守りを渡す約束をするために友人に携帯からメッセージを送った。すぐに「ありがとう!」とお礼の返事がきた。ついでに、忘年会の約束をした。嫁さんの妊娠がわかってから、なんとなく気遣わしくて、彼と飲む機会が減っていたので、僕も嬉しかった。
 待合室のベンチには座布団が敷かれている。初冬の薄暗い陽気には、この気遣いがありがたい。座った腰の暖かさに、無人駅で一時間に二本の電車を待つ時間も、長くは感じなかった。

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