笛吹きもぐらは旅をする

笛吹きの、慢性疲労症候群の療養日記。

神戸にも時々は雪が降る

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 まあ、おちる、おちる、おちる! ゆりかごにでものったように、やさしく風にゆられ、右へ左へ、ひらひらと羽のようにふきながされながら、雪のひとひらは、いつのまにか、いままでついぞ見も知らぬ世界にうかびでていました。

 

「雪のひとひら」 ポール・ギャリコ 矢川澄子(訳) 新潮文庫

 

 二月中旬、とっくに立春を過ぎたというのに、強烈な寒波がやってきた。フレーク状の雪が静かな街に降りかかる。ざっと降ってはやみ、やんではざっと降る。それが何度を何度も繰り返す。寒い。
 この冬は、何度かこんな雪が降った。残念ながら、こういう雪は積もらない。子どもたちは、雪が積もったら雪だるまをつくりたいと行っているので、少し積もってくれると有り難いんだけどな。
 以前に雪が積もったのは、もう6、7年も前だろうか。確かその時は、鈴蘭台あたりに用事があって出かけていて、雪のせいで山麓バイパスがつっかえて困ったのを覚えている。そして、そのさらに前に神戸に雪が積もった記憶はというと、僕の中学校時代にまで遡らねばならない。

 僕は自宅から遠い中学校に電車通学をしていた。片道一時間半、なかなか大変だった。朝は六時半頃に自宅をでなければならない。六時に起床して大急ぎで身支度をするから、当然、テレビなど観ていられない。当時、「ウゴウゴルーガ」という番組が朝に放送されていて、学校でも時々話題になっていたけれど、僕はそれを見られなくて悔しい思いをしていたのを覚えている。
 その朝、神戸にはもう雪が降っていた。積もるほどではなかった。なので僕は、いつもどおり自宅近くの駅から私鉄に乗り、三宮に出て、JRに乗り換えるため移動し、そこで初めて、大雪のためにJR線が運休していることを知った。そこで「じゃあ学校なんて行かなくていいや」と諦めればよかったのだが、当時の僕はまだマジメだったので、なぜか「意地でも学校に行く」という選択をしてしまった。
 学校はJRの駅からかなり遠かったのだけど、それよりもさらに遠いながらもなんとか徒歩で行ける場所に、山陽の駅があった。そして山陽電車は、徐行運転ながらも運行を続けていた。なので僕は、振り替え切符を窓口でもらって、山陽電車に乗り換え、いつもの三倍近い時間をかけて山陽電車の学校最寄り駅まで移動した。
 その山陽の駅からが大変だった。なにせ田舎の学校だったのだけど、そこで降る雪は神戸の市街地に降る軟弱な雪などとは違った。神戸の雪は積もっても足もとをシャーベット状に濡らす程度だが、学校までの道に積もった雪は、踏めばザクザクと音がするほどの厚み。しかし、ここまで来たからには学校まで行かないわけにはいかないと当時の僕は考えた。そして、学校のあるであろう方向に向かって雪中行軍を始めた。
 歩くこと、約一時間。昼前になってやっと学校にたどりついた僕に学校の先生は、「今日は臨時休校」と告げた。体の芯まで凍え、足を霜焼けにした僕が呪うべきものは、ただ雪しかなかった。

 雪に関するいい思い出というものは、あまりない。いや、ひとつもない。スキー合宿では遭難しかけたし、スノボにトライしたときには逆エッジでこけて脳震盪を起こしかけた。しかし、それでも雪が降ると、なんとなく「きれいだな」と胸の奥がさわぐ。そして理由もなく雪を浴びてそぞろ歩きたくなる。雪は不思議だ。
 この寒波、明日も居座るようだ。雪はまた降るかもしれない。でも、やっぱり積もることはないだろう。積もらなくていいと思う。積もって欲しいとも思う。やっぱり、雪は不思議だ。


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