笛吹きもぐらは旅をする

笛吹きの、慢性疲労症候群の療養日記。

「チューバはうたう」再読。

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趣味、チューバ

「チューバはうたう」 瀬川深 筑摩書房

 

 瀬川深さんという方の書いた「チューバはうたう」という作品が好きだ。最初に読んだのはもう10年以上前になるだろうか。大学在学中ではなかったように思うので、20年はまだ経っていまいが、ずいぶん前なのは確かだ。チューバを演奏する女性のわだかまりを描いていて、最後にはそれをスカッと吹っ飛ばすような演奏シーンで終わるのだけど、言葉のタッチが好きで、何度も読み返したものだ。
 最初に文庫本を手に入れて、後で、何度も読むので単行本を買ってやろうと考えたのだが、その時問い合わせたお店では「店頭にも系列店にも取引のある問屋にもない」と言われて諦めた。しかし近頃になって文庫化されたらしく、また単行本も増版されたのか、Amazonで紙の本が入手できるようになっていて驚いた。本もタイミングによっては入手できたりできなかったりすることに驚くが、そういや大江健三郎の「燃え上がる木」もそうだったなあ。僕の中の買いたいフィーバーはとっくに消えていたので、やっぱり買うかどうか迷ったけど、また入手困難になっては困ると考え、買うことにした。余談だが、村松栄子さんの「僕はかぐや姫」も単行本が欲しいのに手に入らない本のひとつである。程度のいい個体の情報をお持ちの方がいたらお知らせ願いたい。定価+送料までなら出すつもりでいる。

 手元に届いた単行本の表紙は、僕のもっている文庫本と同じイラストだ。ヨーク・スタイルとおぼしき、フロントアクションのピストンチューバを構えた女性の絵である。新しい文庫本はロータリーの楽器を抽象的に表現したデザインになっていて、どちらも美しいが、思い入れがあるのは最初のイラストの方なので、僕としては満足。

 小説とは直接関係ないことだが、チューバという楽器の、ロータリーかピストンか、トップアクションかフロントアクションか、という仕様の違いは、音色の違いとなってあらわれるので、結構重要だ。僕はロータリーの音色が好きかな。でも買うなら、フロントアクションのピストンがいいと思っている。一緒にお風呂に入れるからだ。細かい説明は省くが、ロータリーだと「チューバと一緒にお風呂にはいる」というオーナーならではの楽しみを諦めなければならない。どうせ買うならさ、チューバと一緒にお風呂したいよね。買わんけど(今のところは)。
 これも小説とは何の関係もないけれど、僕はチューバ用のバック製のマウスピースを持っている。以前、楽器屋さんで「音が出れば何でもいいから、チューバ用のマウスピースを一本くれ」と頼んだら、このバックのマウスピースを渡されて、そのまま試奏もせずに購入した。バックって、チューバ自体は今作ってないと思うんだけど、マウスピースだけ作ってるのかな? それとも、以前はチューバも作っていたか、あるいは日本には入ってこないだけで海外ではボディも流通しているのかな? わからん。ちなみにこのバックのマウスピース、胴体をくっつければ当然、問題なく演奏できる。ヤマハよりはややダークな音色。でも思ったより明るい音が出るように思う。トランペットのバックとはちょっと傾向が違うようだ。面白い。

 さて、小説では、オケにもブラスにも所属しないでチューバの演奏を楽しんでいる女性が描かれている。
 まあ・・・珍しいかな、そういう人は。正団員としては活動していなくても、どこかしらのオケなりブラスなりに準レギュラーの席はあるチューバ吹き、っていうパターンはあるかもしれないけど、オケでもブラスでも吹きません、っていうチューバ奏者って、僕はきいたことがない。
 これが、小説の中で言及があるとおり、フルートだとかバイオリンだとか、社会側からの認知と承認が得られている楽器なのであれば「趣味:フルート」で通用するのだろう。あるいは、チューバを演奏しているにしてもオケにちゃんと席(籍)があって、「趣味:オーケストラ活動」なら問題あるまい。だが、「趣味:チューバ(オケや吹奏楽での演奏を除く)」はどうだ。確かに、なんじゃそりゃ? と首をかしげられても仕方ない。

 しかしなー、その境目って一体、どこなんだろうなー。
 要するにさ、独奏楽器として認知されているかどうか、っていうのが目安だと思うんだよね。そう考えた時に、僕が想定するボーダーラインのひとつは、「バリトンユーフォニウム」境界線だ。
 「響け! ユーフォニアム」というアニメーション作品(原作は小説)が製作されたことで(作ったのは京アニだっけ?)、ユーフォニウム(=ユーフォニアム)という楽器の社会側からの認知度は確かに上昇した。中学校の音楽室に黄前久美子(作品の主人公)が楽器を構えたイラストのカレンダーが飾ってあったりしたので、少なくともあのアニメ公開以後に中学時代を過ごした世代なら「ああそういや、見たことあるかも」ぐらいの認知ラインには達したと感じる。
 では、同じ音域の兄弟楽器と言えるバリトン(あるいはバリトンホルン)はどうだ? ブリティッシュスタイルの金管バンドに興味をもったことがある方なら当然ご存知かと思うが、逆に言うと、それ以外の層には全く認知が行き届かない楽器であることは間違いない。もし何かの履歴書に「趣味:バリトン」と書いたら、音楽好きの採用担当であれば「歌うんですか?」ぐらいのことは尋ねてくれるかもしれないけど、ユーフォニウムと同じ音域を担当する金管楽器であるという認識に達する人はほとんどいないだろう。
 バリトンの問題点は、音楽、とりわけ吹奏楽をやっている母群の中にあっても、認知度が著しく低いところだ。木管しか経験のない人なら、ほぼ知らないんじゃないかな? 仮に一緒に合奏したことがあったとしても、奏者が親しい友人であるとかでない限り、「なんかちっこいユーフォがいる」としか思わないだろう。いや、そもそも視界にとらえたところで認識すらしないかもしれない。
 趣味、バリトン
 うーん、通じねぇだろうな・・・。「趣味:チンバッソ」、「趣味:セルパン」。だめだ、通じる気がしない。じゃあ、「趣味:フラウト・トラヴェルソ」はどうだ? 僕の中では、かろうじていける感覚がある。「趣味:オカリナ」、問題ないね。「趣味:アルトホルン」・・・微妙か。「趣味:アルトサックス」なら大丈夫なのに、何でだ? やはり独奏楽器としての認知度が影響しているように思われる。「趣味:タンバリン」はどうだろうか。辛うじてアリだと僕は思うが、みなさんは? 

 まあ、感覚の問題だな。うんそうだよ、結論は、感覚の問題、だ。じゃあさ、ユーフォニウムみたいに、チューバの社会的認知度があがれば、「趣味:チューバ」もアリってことだよね。もちろん「趣味:バリトン」も「趣味:チンバッソ」も「趣味:セルパン」も。近頃はオーケストラを題材にしたドラマがよく放送されているけど、あんな感じで『轟け! チューバ』とか『チンバッソの出番がない件』とか『セルパン・パラダイス』とか『バリトン男』みたいなドラマやアニメが製作されればいいってことだ。いいね、『バリトン男』とか見てみたい。タイトルからはバリトン歌手の話みたいだけど、そう思っているところにサクソルンのバリトンを持った主人公が登場してきたら、僕は嬉しさのあまり泣いちゃうかもしれない。