笛吹きもぐらは旅をする

笛吹きの、慢性疲労症候群の療養日記。

やっぱりジャズはカッコいい、みたい。

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 中学校の吹奏楽部に指導のお手伝い係として出入りするようになって、数年たつ。何校かお邪魔したが、どこの学校でも暖かく迎えてもらえた。有り難いことだと思っている。
 管楽器なら何でも吹く僕だけど、メインの楽器は一応、フルートだ。しかし、一番持ち出す機会が多いのはテナーサックスかな。なぜなら、in Bbで吹けて、音がでかいから。そういうわけで、たまにフルートを持っていって吹いていると、「あれ、フルート吹けるんですか?」なんて中学生に驚かれる。いやいや、自己紹介の時に「フルート吹きです」って言ったじゃない。うーん、でもサックスとトロンボーンばっかり吹いてるからなあ、しょうがないか。
 でもやっぱり、彼らは何となく、僕のことをサックス吹きだと思っているようだ。アドバイスを求めて声をかけてくるのは、サックスの子が多いし。僕のサックスのスキルは特別に高いわけじゃないけど、中学生の役に立つことをひとつふたつ言うくらいのことは、確かに問題ない。で、声をかけられたついでに、一節吹いてあげると「おーっ」と驚いてくれる。
 その一節っていうのは、その子が吹けなくて困っているフレーズなのだけど、サックスであれトロンボーンであれ、あるいはトランペットやチューバであれ、彼らが読譜の上で困難を感じるのはリズムの読み取りで、特にポップスのシンコペート(あるいはアンティシペート)したリズムを含むフレーズが多い。こういうのって、耳で覚えちゃうのはそう難しくないのに、譜面として読むのは割とめんどくさくて、慣れがいるよね。だから、習うより慣れろ、っていうのと同じで、読むより聞け、だと僕は思っていて、とにかく僕が吹いて、聞いてもらって、覚えてもらう。それが一番はやい。で、吹くと子どもたちは、「おーっ」と喜んでくれるって寸法だ。
 喜んでもらえると、僕は調子にのりやすい方なので、もう一節、フェイクして吹いてみたり、ちょっとアドリブをつけたしたりすることがある。別に難しいことはしていない。ちょちょいとターンをいれるとか、ブルースっぽい処理をいれてみるとか、そんな程度だ。そうすると、何人かの子は「それ、どうやってやるんですか?」なんて興味をもってくれる。
 で、ジャズではこういうこと(フェイクやアドリブ)をやるんだよ、と言いながら教えてあげると、その何人かのうちの何人かは、ジャズというもの自体に興味をもち、後日「ソニー・ロリンズを聞きました」とか「枯葉をピアノで弾いてみました」なんて僕に伝えてくれる。へーえ、中学生がロリンズなんて、なかなかやるじゃない。で、テナーが好きならコルトレーンとかハンク・モブレーも聴いてよ、なんて返事をすると、さらに数日後、「コルトレーンかっこいいです」なんて言ってきたりする。

 ああこれはもう、ハマっちゃったね。ジャズにハマっちゃったね。
 ごめん、ハメたのは僕です。
 でもまあ、僕がハメなくたって、吹奏楽で「Sing, Sing, Sing」とかT-Squareの「宝島」なんて定番だし、今年度の吹奏楽コンクールの課題曲だった「Retro」はフュージョンっぽい感じだったし、ジャズやジャズから派生してる音楽にはどこかで必ず出会うんだけどね。しかし、僕はジャズが好きで聴いたり吹いたりするけど、意識のどこかで「こんなのは時代遅れの音楽」だなんて思っているところがあり、こういう音楽を今の若人が好きになるなんてことはないと、何となく考えていた。でも、こうやってジャズを気に入ってくれる若い人に直に接していると、ジャズってやっぱりいいんだ、ってことに気づかされて嬉しくなる。
 レスター・ヤングの活躍した時代からもう100年もたつというのに、ジャズの手法やスイングのリズムが令和の若者を夢中にさせてやまない、という現象は面白い。そして、彼らが今まさに、パーカーやマイルスが拓いた道の入り口に立っているということに、僕は驚きを隠せない。もちろん、彼らのすべてがジャズプレイヤーとしてトレーニングをスタートするわけじゃないだろうけど、今この瞬間に、ジャズという音楽に興味をもち、目を輝かせて耳を傾けたりプレイしたりしている事実は、ジャズという音楽の底知れぬ魅力を僕に気づかせてくれる。
 世間では今、昭和レトロがブームらしい。アゼリアのグラスだとか、老舗和菓子屋の塩大福だとかが人気なんだとか。ジャズと昭和を単純にイコールで結ぶことはできないが、しかしジャズも昭和の時代に隆盛を誇った音楽だ。この昭和レトロブームにのって、またジャズが音楽シーンの表舞台に躍り出ることだってありえるかもしれない。そう考えると僕はわくわくする。昭和レトロに興味はないけど、スイングやバップが街のあちこちから流れてくるような時代がきたら、絶対楽しいよね。
 そして僕は夢想する。街頭のメガビジョンに映るジャズコンボのフロントとして、「ソニー・ロリンズを聞きました」と言っていたあの子がサックスを構えているところを。
 もしそんな未来が来るのだとしたら、ジャズをひとかじりしておいて良かった、サックスを吹く自分であってよかった、スイングすることには意味があったと、僕が自分の人生を誇ることを自分に許してもいいかもしれないな。
 ジャズはいい。あまり人前で演奏した経験はないけれど、ビッグバンドなんかやってみたいよね。空席があったら教えて下さい。