笛吹きもぐらは旅をする

笛吹きの、慢性疲労症候群の療養日記。

ステージに立つことでしか奏者は鍛えられない、という話。

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 トロンボーンのリハビリをしている。
 十数年前までは横浜のブラスバンドで吹いていたのだけど、神戸に戻ってきてからは出番がなく、楽器さえ処分してしまったトロンボーン。かなりブランクを経て、ここ数年は中学生を教えるために、学校の楽器を借りて吹く機会が増えてきた。そんなところへ突然、本番のオファーを頂き、先月ついに中古のYSL-354を手に入れて本格的にリハビリを再開した。
 本番の譜面をもらったので、ロングトーン、スケール、リップスラーなどの基本的なトレーニングに加えて、曲の練習もしている。吹奏楽なので、リズムの打ち込みやコラールの多い譜面だが、ちょいちょいメロディもある。今回はポップスが中心で、クラシカルな曲目はない。なので、パリッとクリスプなサウンドになるようにさらっていく。

 キャリアのある楽器であるとはいえ、久しぶりの本番となると、ちょっと緊張する。でもね、この緊張感がいいんだよ。ステージマンは、人前に立ってナンボ。音の立ち上がりやイントネーションを微調整しながら仕上げていくのは地道な作業だけど、それが楽しい。いいパフォーマンスをしたいっていうのは、ステージマンなら誰しも願うことだし、そう願わない人を僕はステージマンだとは考えない。自分のプレイをどこまで研磨できるか。頭をひねりながら音を研ぎ澄ませていく作業に終わりはない。いちアマチュア・トロンボニストであっても、妥協した演奏はしたくないのだ。演奏って、そういうもんでしょ?

 今まで何度もステージを踏んできた。その度に、達成できたことがあり、新しい課題が生じた。これは、RPGゲームの構造に似ているかもしれない。ゲームでは、物語を貫通する大きなテーマがあり、その完遂にいたるための小さなステップがいくつもある。そして、ひとつのミッションが終わる度に、新しいミッションが与えられ、プレイヤーは方法を模索しながら、ひとつひとつ課題をクリアしていく。演奏も同じだ。そして、だんだんに強くなっていく敵を倒し、高くなっていく壁を乗り越えるごとに、プレイヤーは成長する。
 しかし、ゲームには終わりがあるが、僕たちミュージシャンに大円団はない。いつか楽器のケースにぱちんと鍵をかけてステージを降りる日まで、僕たちは経験値を積み上げ、レベルアップし、決して現れないラスボスを夢見る。
 逆に言えば、ステージを踏まないミュージシャンは、ミッションに挑まず、並スライムを倒し続けるだけの勇者みたいなものだ。Lv.10ぐらいまでなら何とか強くなれるかもしれないが、やがて伸び悩み、最後には飽きてゲームをやめてしまうだろう。

 もちろん、「音楽は好きだけど、人前に出るのはどうしても嫌」っていうタイプの人もいて、そういうプレイヤーが人前で演奏することを避けながら音楽を楽しむというやり方を、否定する気はない。けど、やっぱり伸びないよね。なんて言うか・・・どれだけ練習しても、その人のポテンシャルの中での、最後のひと伸びがない。ステージにあがるのを嫌う人を何人も見てきたけど、いつも、舞台を踏めば一皮むけるのになあ、なんて思う。それでいいなら、別にいいんだけどね。

 さーて、本番が近くなってきて、僕も最後の追い込みだ。近頃はHi-Bbがとりあえず当たるようになり、アンブシュアの筋力が戻ってきた実感がある。自分の能力が回復・向上していく感覚は、本当に嬉しい。その一方で、季節の変わり目のせいか、慢性疲労症候群の症状は重くて、辛い。というわけで、嬉しさとしんどさが相殺されて、トントンってとこだな。それでも、楽器を吹けているのだから、まあうまくいっている方なんだろう。疲労の限界値を超えないようにうまくセーブしながら、頑張りましょうね。