笛吹きもぐらは旅をする

笛吹きの、慢性疲労症候群の療養日記。

「I Remember Clifford」吹けました。

 

 一昨年の冬、横浜での勤め先の先輩が急逝したと知り、ずいぶんショックを受けた。僕よりほんの何歳か上にすぎない先輩で、とても世話になった人だったから、辛い思いをしたものだ。
 その先輩を偲ぶ会をするのだと、後輩から聞いた。場所はもちろん、横浜。ちょっと遠いし、調子も良くないし、中学校の仕事も始まっているタイミングだし、申し訳ないが参加できそうにない。そう伝えると、メッセージを送って欲しいと返事があった。
 テキストでも動画でもいい、と言われた。動画でも、ってあたりが今風だ。面白い。せっかくなので、動画を撮って送ることにした。

 さて、どんな動画にしよう。その先輩への思いを語って、それを送ればいいかとも考えたが、それじゃ簡単すぎるし、面白くない。別に面白くある必要はないのだけど、何かもうちょっと、僕らしい、思いの伝わる動画にしたかった。僕らしい・・・まあ、何か一曲演奏するのが、一番僕らしいかなあ。じゃあ、何で、何を吹こう? そんな事を考えながらしばらく過ごしていた。
 で、ある時パッと、「I Remember Clifford」がいいんじゃないかとひらめいた。
 「I Remember Clifford」は、若くして事故死した名トランペッター、クリフォード・ブラウンを偲んで、テナーサックス奏者のベニー・ゴルゾンが作曲した。若くして逝った人を偲ぶ曲・・・これしかない。確か黒本(ジャズ・スタンダード・バイブル/リットーミュージック)に入ってたはず、と思ってページを繰ると、あったあった、「I Remember Clifford」。
 ちょうど、高校生のバンドをサックスで手伝っていた時期だったので、テナーサックスとカメラを神戸大橋の見えるところに持ち出し、テーマをワンコーラスだけ演奏する動画を撮った。自撮りの動画なんて、慣れない撮影は、なかなかうまくいかないもんだね。取り直しのきく動画とはいえ、人に見せるものだと思うとやはり緊張するし、救急車のサイレンには邪魔されるし・・・。
 それでも、100点満点とはいかぬまでも、そこそこ満足のいく演奏を収めることができた。そして、その動画を編集し、字幕でメッセージを添えて、後輩に送った。

 この曲、テナーサックスでの演奏は、ベニー・ゴルゾン自身のプレイが吹き込まれた録音がある。でもこの曲は、僕の中ではどちからというと、ジャズメッセンジャーズをバックにリー・モーガンがプレイした録音のイメージが強い。
 トランペットって、映画なんかではよく、お葬式のシーンで演奏されている。だからだろうか、トランペットって、死にまつわるイメージが喚起されるんだよなあ。あと、ダンテの神曲では、地獄で悪魔がラッパを吹いているし、最後の審判の日には七つのトランペットが吹き鳴らされるらしいし。そして、うーん、確かに、お葬式のシーンにテナーサックスって感じじゃないよね。
 だから、トランペットで吹きたかったな、「I Remember Clifford」。そんなことを後から思ったけど、それは動画をもう送った後の話。

 トランペットの練習は、時間のとれる日は毎日、続けている。近頃はHi-Fまでリップスラーのトレーニングが安定してできるようになってきた。スケールも、メジャーで全調いける。数年の中断を経た後の4ヶ月で、何とか音が出るという状況から、やっとここまで回復した。
 で、動画を送ってしばらくしたある日、練習をしている時に、これはひょっとしたら、「I Remember Clifford」吹けるんじゃん? って気づいた。黒本の「I Remember Clifford」は、in BbでキィがFメジャー。最高音がHi-F。やってみたら、もちろん上手くはないが、何とか吹けた。
 やったね・・・成長したもんだ。嬉しかった。
 これは、先輩のお導きだな、きっと。偲ぶ会の話がなければ、動画を撮ろうという気持ちにはならなかっただろうし、「I Remember Clifford」を演奏することもなかっただろうし、それをトランペットで吹いてみようって気にもならなかっただろう。「I Remember Clifford」は、練習で吹いている「聖者の行進」以外で、僕が初めてトランペットでまるまる一曲演奏できた曲になった。ありがとう、先輩。

 先に逝った誰かの導き、なんてことは、非科学的だとか非現実的だとか、それはもちろん分かってるんだけど、でもいいじゃない、そういう考え方が誰かを勇気づけるなら、それもアリだ。
 先輩、聴いてくれたかな、僕のトランペット。まだ下手くそだけど、もうちょっと上手くなるように努力しますから、見守ってて下さいね。