笛吹きもぐらは旅をする

笛吹きの、慢性疲労症候群の療養日記。

スケールもやろうねっ。

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 もし、吹奏楽部の練習時間が無限にあったら。
 まず、その楽器の音域をフルに使ってロングトーン
 次に、スケール。すべての調の、長音階、自然短音階和声的短音階旋律的短音階。それに加えて、クロマティック、ホールトーン、ペンタトニック。
 スケールが済んだら、アルペジオ。もちろん全調で、メジャーコード、マイナーコード、7thとディミニッシュにオーギュメント。
 最後に、跳躍課題。二度、三度、四度、五度・・・オクターブ、九度、十度と、行けるところまで全部。すべての音から始め、その楽器の全音域を使って行う。
 ここまでが基礎課題で、これが終わって初めて、曲をさらう。

 ・・・んなもん、できるかっ!

 もし上記の通りに基礎課題こなしたら、たっぷり二時間はかかるだろう。無理、無理。ぜったい、無理。近頃の公立中学校の部活動は、バーンアウト防止のためにいろいろと制約があって、平日には必ず休息日を設けるとか、土日のどっちかは休みにして、一日当たりの練習時間は最大三時間にするとか、決まり事が多い。生徒が学校外で個人的にトレーニングする分には構わないようだけど、大きな音の出る管楽器を練習できる環境も限られてるだろうしね、十分な練習量を確保するのは大変だ。
 特に冬期は厳しい。日没が早いので、練習時間が短いのだ。夏期よりも一時間、学校によってはそれ以上に短い。安全上仕方がないとはいえ、冬の部活はバタバタだ。楽器を出したと思ったら、ベルが暖まる前にもう片付け、みたいな感じ。

 だからこそ、要点を絞って効率的に練習を行う必要がある。そのプレイヤーに、どんな課題があって、どんなトレーニングを行わせるのか、吟味しなければならない。管楽器ビギナーの中学生が自分で判断するのは難しいだろう。指導者が丁寧にみてあげないとね。
 そして、個別の課題とは別に、日課として全員が取り組むべき課題というのもある。ロングトーンがそうだ。スポーツで言えば、ウォームアップを兼ねたストレッチと筋トレみたいなものだから、ある程度上達したプレイヤーであっても、ロングトーンを省略してはいけない。僕は、そのロングトーンに加えて、少なくともスケールぐらいはやってほしいと思っている。スケールって、人間の体で例えて言えば、水分とかタンパク質みたいなもの。音楽の主成分。スケールを、音程的に正しいイントネーションで演奏する感覚を身につけておくことは、絶対に必要だ。

 スケール・・・要するに、ドレミファソラシ、だ。これを正確に歌うことは、想像以上に難しい。そして、管楽器奏者が身につけておくべきスケールのイントネーションに、二種類ある。平均律的イントネーションと、和声的(旋律的)イントネーション。
 平均律的イントネーション、という言い方が一般的かどうかは分からないが、これはつまり、一般的なキーボードの音程感である。ピアノのドレミファソラシ、と言ってもいい。難しい言い方をすると、オクターヴを2の12乗根で分割した音程。いろいろ考え方はあるとは思うが、現在の音楽の基本はやっぱりまず、平均律だよね。聴衆にとっても、一番耳馴染みがいいイントネーションだろう。この感覚が身についていなければ、何も始まらない。
 そして、もうひとつが和声的イントネーション。長調であれば、三度をやや低くとったり、五度をやや高くとったりするイントネーションだ。メロディックなイントネーションが求められるケースでは導音をやや高めにする、というのも、本当はちょっと違うけど、ここにふくめておこう。つまり、ハーモニーを美しく鳴らしたり、メロディの緊張→弛緩を効果的に表現するためのイントネーションってことで、音楽的な要求によって平均律からはちょっと外れている音程を内包したスケールだ。

 どちらも大切なのだけど、現代のバンドにおいて、とにかく平均律で演奏ができないことには話にならないわけだから、個人練習の基礎課題としてはまず、平均律でスケールが演奏できるようになることが前提だろう。まずはオクターヴがきちんととれて、そのオクターヴの音程幅の中で、二度を積み上げていき、スケールを仕上げる。最初はチューナーとにらめっこしながら、単音の音程感をつかみ、スケールとして並べていくなかで、長二度と短二度の音程幅の感覚を覚える。この作業がとっても大事。

 もちろん、可能であれば全調やってほしい。
 けどさ・・・無理じゃん? 多分、丁寧にやろうとすると、ひとつのスケールを確認するだけで5~10分ぐらいかかるんじゃない? 例えばさ、冬期の部活動だと、活動時間が全体で一時間ぐらいしかなくて、その前後のミーティングとか楽器の出し入れの時間を考えると、練習時間は多分、30分ぐらい。その中で、ウォームアップに5分、ロングトーンに10分使ったら、残りは15分。この残りの15分の間には・・・できれば曲をさらいたいよね。
 でもちょっと待って。あと5分だけ、基礎トレーニングに使いませんか? 
 こう言うと、「おいコラ、ひとつのスケールをやるのに10分だって言ったじゃねえか、5分じゃ無理だろ」と仰るかもしれない。そう、その通り、スケールを全部やろうとすると、5分じゃ無理。仰るとおりです。
 だからね、スケールの下半分・・・ドレミファソ、までだけでいいから、丁寧にやろうよ。
 そもそも、スケールの上半分って、#を一個増やした調の下半分なんだよ(in Cのソラシド、はin Gのドレミファってこと)。だから、その部分のトレーニングは、一旦忘れていい。で、別の機会にやればいい。どうせ平均律だからね、一緒なんだ。だから、フルートのタファネル・ゴーベールの課題だって、ロアストラクチャーだけの練習を半音ずつキーをずらして上がっていくでしょ? それでいいんだよ。フルスケールでやるトレーニングも大事だけど、それはさ、時間に余裕のある夏にとっておこう。暖かくなって、日が延びてからでいい。

 要点は、スケールの音程的なイントネーションを感覚的につかむここと。これ、フィジカルなトレーニングじゃなくて、耳の感覚の問題なんだってことに、頭のいいキミはもう気づいているだろう。いやもちろんスケールは、フィジカルな、メカニカルなトレーニングとしても重要なんです。でもね、それ以上に、耳の感覚を磨くことが、スケールやアルペジオの練習では大事なんだ。そして、プレイヤーの体の中にインストールされているスケールのイントネーションに、楽器の音をあわせていくトレーニングっていうのが、スケール課題のキモだ。
 もちろん、スケールを演奏するときには、ロングトーンの成果が活かされていなければならない。正確なアタック、コアでは音程キープ、そしてリリースは美しく。
 そんなことを考えながらやっていると、5分なんてあっという間のはず。だから、すぐにパーフェクトを達成する必要はない。ひとつの調に一週間取り組んで、金曜日にはなんとか形になっている・・・そんな感じでいいと思う。

 ひとつの調・・・それって、何調ですか? で、それとは別の調もやるんですか?
 はい、そうです、別の調もやります。
 何調を練習すればいいか、それは演奏環境にもよるだろう。でも、吹奏楽であればまず、実調で変ロ調(in Bb)。これ、基本だよね。ここを軸にして、#とbをふたつずつ付け足せば、とりあえず十分じゃない? つまり、実調でヘ調(in F)とハ調(in C)、それから変ホ調(in Eb)と変イ調(in Ab)。そりゃあ全部やれればそれに越したことはないけど、それよりはちゃんとした音程感をつかんでトレーニングしてほしい。そのためには、音の高さや指の難易度の高くない調を、無理なくクリアした方がいい。モチベーションも下がりににくいしね。僕はそう思う。
 この5つの調を順番にやっていけば、冬期の間にふた巡りぐらいできて、ちょうどいいんじゃないかな。で、暖かくなるころにはコンクールの曲に取り組んでいると思うけど、スケールをちゃんとやっておくと、曲の仕上がりが早くてびっくりするはず。

 こんな調子で練習すると、まあそれでも基礎練習が曲練習より長くてうんざりするかもしれないけど、でも上達の効率はいいはずだよ。平日の練習はそうやって力をたくわえておいて、土曜日の練習では思いっきり曲を吹く、っていうのが、上達もするし、モチベーションも維持しやすいだろう。

 なんで僕がこんなことを言うかというと、今どきの中学校の吹奏楽部の練習を見ていて、基礎練習がおろそかすぎる、って感じるからなんだ。僕は、音楽をやるからには音楽を楽しんでほしいと願っていて、音楽を楽しむためにはある程度「演奏できる」スキルが必要だと信じていて、そのスキルを効率よく獲得するためにはロングトーンやスケールみたいな基礎的な練習課題をこなすことが不可欠だと考えている。だってさあ、週に何時間も部活に時間割いてさ、上達しなかったら意味ないし、楽しめなかったら価値ないでしょ。やるからには、楽しんで欲しいし、スキルを獲得してほしい。うん、それだけ。
 そういう訳だからさ、みんな基礎練習ガンバロー。ねっ。