笛吹きもぐらは旅をする

笛吹きの、慢性疲労症候群の療養日記。

金閣寺


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 資格取得のために、古都・京都に来ている。
 京都は何年ぶりだろう。少なくとも、コロナ騒動が起こってからは来ていない。その前に来たのは、別の資格取得のために訪れた10年前だろうか。いや、その後に墓参りで一度来たかなあ。うーん、あまり覚えていない。とにかく、かなり久しぶりだということだけは確かだ。神戸から京都に電車でアプローチするには、三つの手段がある。新幹線、JR在来線、阪急電車だ。今回は目的地が京都の北西エリアだったので、阪急を選んだ。三宮から大宮駅まで行って、片道一時間半くらいで、630円。早くはないが、安い。十三で京都線に乗り換える。京都線の対面式シートも久しぶりに座った。こちらは20年ぶりぐらいになるんじゃないだろうか。

 京都といえば、寺社仏閣。有名無名あわせていったいどれくらいの神社と寺があるのか知らないが、目的地に着くまでの間、車窓には何度も山門と鳥居が映る。京都の暮らしは、拝んだり祈ったり、さぞ忙しいに違いない。僕も、そういう場所の前をとおる時には礼儀として頭を下げるぐらいのことはするのだけど、京都ではちょっとその数が多すぎて、面倒に思う時がある。
 そんな程度の人間だから、拝むのも祈るのもあまり熱心ではない僕だが、京都の西北エリアに来たらぜひ一度訪れてみたい寺があった。それは鹿苑寺。いわゆる金閣寺だ。
 金閣は、京都の西の外れにある。今までに僕が京都に用事があるというと大抵、京都の東側エリアの方で、西側へ寄ることがなかったために、金閣寺を訪れるチャンスがなかった。しかし今回は西側に用があったので、可能なら行きたいなあと思っていたところ、幸いにも僕が京都に立ち寄る予定にしていた数日のうち一日、早めに用事が切り上がった日があったので、積年の念願かなって金閣寺を訪問することができた。
 快晴の真夏の京都、酷暑である。用事がやっと済んだ夕方、閉門時間ぎりりぎりの金閣寺に、汗みどろの僕は駆け込んだ。
 マンボウの最中でもあり、参拝客はまばらだ。蝉の声も遠い境内は、案外静かである。もっと観光寺院らしい喧噪を予想していたのだけれど、外れた。もちろんそれは、僕にとっては歓迎すべきことである。わくわくしながら境内の奥へ進むと、やがてあの、歴史の教科書で観た金色の舎利殿が見えてきた。

 すっげぇ、マジで金ピカ。

 数年前に金箔を新しく張り直したらしい舎利殿は、快晴の空からやや傾いた日に照らされて、それ自体が太陽のように輝いている。なんだこれ。何というか、想像を超えている。もはや美しいのかどうか、判断できない。
 寺社仏閣に興味のうすい僕が、どうして金閣を観たかったかというと、もちろん三島由紀夫金閣寺」のせいだ。あの小説の中で金閣は、完全な美の具現として描かれている。あんな風に書かれたら、実際にこの目で見たくなるじゃないか。
 金閣がどんな風体をしているかは、写真を見れば分かる。けれど僕は、実地にその美の具現とこの身体を以て対峙した時、どんな気持ちになるのか、一度試してみたかったのだ。震えるような感動を覚えるのか、大きすぎる期待のために気持ちが萎えるのか。十数年前に三島の小説を読んだ時から、一度試してみたいと思っていた。
 そして、いざ金閣と差し向かいに対峙してみると、どう言えばいいのかよく分からなかった。感動はしなかった。がっかりもしなかった。ただ、「うわ、金色」と驚いただけだった。
 とにかく、色彩の印象が強すぎてディティールが全然意識にはいってこない。「あ、鳳凰(だと思う)がのってるな。雨樋が出っ張ってるな」とかいう認識はできるのだけど、それが建物全体や風景とどう響き合っているのか、全然読み取れない。「真っキンキンの、キンキラケ」というイメージが、僕の意識のすべてを飲み込んでしまったのだ。金閣を眺めながら、池にそってぐるりと歩いて回る。最初は遠かった金閣がだんんだん近づいてくる。近づいても近づいても、とにかくゴールド。光のカタマリ。
 あとで知り合いが教えてくれたのだけど、数年前に金箔を張り替えたばかりなのだそうだ。なるほど、姫路城が真っ白なのと同じ理由か。

 往年の金閣がどんなだったのか僕は知らないが、金箔張り直し以前の金閣だって、一番最初に金箔を貼った時には、こんな風に見えたのだろう。それが長い長い時の流れに摩擦され続けることで、しっとりと風景や人の意識になじんでいく。それに伴って美の質も変化する。鮮やかさが失われる代わりに、風情が蓄積されていく。どちらがいいかは人それぞれの好み次第。僕は、どっちかというと後者かな。でも、改修でブラッシュアップされた文化財の姿を見られることは稀だろうから、有り難い機会にめぐまれたのは確かだ。なので、これはこれで面白いと思う。

 でもなー、やっぱりちょっと、真っキンキンすぎるよなー。

 修復以前の姿を金閣が取り戻す(?)のは何年後だろうか。僕が現代の日本人男性の平均寿命まで健康に生きると仮定して、往生間際にやってきたら、京都の景色になじんだ金閣の姿が拝めるだろうか。今回は、アップデート直後のフレッシュな金閣の姿を見ることができたけど、やっぱりもう一度、古都にふさわしい落ち着いた姿の金閣を見に来たい。
 それまで元気でいなきゃね。