笛吹きもぐらは旅をする

笛吹きの、慢性疲労症候群の療養日記。

労災病院


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 あまり自覚はなかったのだけど、転職は僕の肉体にとってかなりのストレスだったらしい。五月の中頃、なんだか体の調子がおかしいと思って、熱をはかったり食事の内容を変えたりしていた。熱は平熱より少し高いが異常と言えるほどではない。食事を変えても体調は改善しない。ふと気になって久しぶりにヘルスメーターに乗ってみた。体重が六キロ落ちていた。
 体重は下落を続けた。別に食べる量が減っているわけではない。夜もきちんと寝ている。土日は心がけて心身を休めるようにしている。でも、体重が落ちていることに気づいたその翌週、さらに1キロ体重が落ちていた。職場近くのクリニックを受診し、血液検査を受ける。検査の数値に異常はなかった。
「ストレスだよ」
 クリニックの先生は僕にそう言った。働き過ぎはダメ。よく食べるようにしなさい。やめている酒も少し飲めばいい。食後のデザートに甘いものも摂るといいよ。そんなアドバイスをもらった。僕は、酒以外に関してはそのアドバイスに忠実に従った。
 しかし、もう一週間後、体重はさらに1キロダウン。ここで、体にガタがきた。出勤しようと家を出たら、疲労感と倦怠感で足が前に出ない。血液が全部水銀になったかのようだ。とにかく駅までは歩いて電車に乗ったが、この調子では仕事にならないと気づき、途中下車。駅のホームのベンチに座り込むと、一時間、一歩も動けなかった。

 とにかくなんとか帰宅して、その日は寝て過ごした。夜になったが、疲労感、倦怠感は全然ぬけない。体は、あばらが浮くほど細っている。仕方なく翌日も仕事を休むことにして、市内の大きな病院を受診しようと心に決めた。
 医師の知り合いに、こういう場合は何科を受診すればいいのかを尋ねると、総合内科にまず行けと教えてもらった。で、クリニックの先生に「ストレスだよ」と言われたことを思いだし、精神科か心療内科のあるところを探した。僕の検索条件にあうアクセスのいい病院は、労災病院だった。
 労災病院には定期的にきている。横浜から神戸に戻って暮らすようになってすぐ、ここで祖母を看取った。息子の耳の調子が悪かった時にはここの耳鼻科に世話になった。2、3年に一度くらいのペースだろうか。自分自身がここにかかったことがあったかどうかは記憶になかったけど、調べてもらうとどうも一度かかっているらしい。めまいを起こした時かもしれないな。

 ここには以前、高校の同級生が医師として務めていた。
 親しい同級生ではなかった。大人になってからSNS上で時々言葉を交わしたのを除けば、ほとんど話したことはないだろう。僕の親しかった友だちとそりのあわない奴だったから、むしろ縁遠い方だったと思う。悪い男じゃなかった。多分、普通につきあえばいい奴だったんじゃないかな。今さらだけど。
 彼が労災病院をやめて空港の検疫で働き始めたと聞いたのは、やはり医師になった別の高校の同級生からだ。今でもその仕事を続けているなら、このパンデミックのせいで今頃大変な思いをしているだろう。
 医者ときくとなんとなく、金持ちで、あまり苦労もなさそうなイメージを僕たち医療関係でない一般人はもっているけれど、彼らは意外なほどの激務に追われている。開業医はそうでもないのかもしれないが、病院や大学に勤務している医師の仕事は大変らしい。数年前には、インターン生がほとんど無給で働いていることが問題になった。案外、割に合わない仕事なのかもしれない。
 医者になるには当然、医学部に入らなくてはいけないわけで、高校ではそれなりの成績を維持する必要があり、僕みたいなボンクラと違って彼らの高校生時代の勉強に関する努力は半端ではない。労災病院に勤務していた同級生の成績が格段によかったイメージはないが、彼も努力していたのだろう。若い頃は勉強で遊べず、就職してからも激務に追われる医者人生。幸せなのかな? なんて余計な心配をしてしまう。
 ワークライフバランスなんて言葉が使われるようになったのは最近のことだけど、本当にぼちぼち、仕事と生活の両立ということについてよく考えるべき時代がきていると思う。僕だって、なぜ病院にきているかと言えば、オーバーワークで体調を崩しているからなのだ。オーバーワークの人間を、オーバーワークの人間が治療する。これって何だか、病的じゃない? その一方で、仕事がなくて困っている人がいるっていうんだから、日本社会は病んでいるとしか思えない。

 その日、僕は血液、レントゲン、CTで検査された。検査結果に異常は認められず、ドクターは数値を読みながら、症状から考えられる病気を否定していった。最後にドクターには「来週もう一度、来院してください。レントゲンとCTでは見落とす病変があるかもしれないので、胃カメラだけは絶対やっておいた方がいいと思います」と僕に言った。
 たぶん僕よりかなり若い、女性のドクターだった。ひどく疲れているようには見えなかったけど、すごく元気そうにも見えなかった。ちゃんと休みはとっているだろうか。余計なお世話かもしれないが、ちょっと心配になった。