笛吹きもぐらは旅をする

笛吹きの、慢性疲労症候群の療養日記。

「山手駅」 忘却と、予期せぬ再会


 さっきから、かすかに甘いにおいが実験室の中に立ちこめていることに、和子は気がついた。どうやら、割れた試験管の中にはいっていた液体のにおいらしかった。
「なんのにおいかしら?」
 それは、すばらしいかおりだった。和子はそのにおいがなんのか、ぼんやりと記憶しているように思った。
 
時をかける少女」 筒井康隆 角川文庫

f:id:sekimogura:20200110222832j:image
 
 僕は仕事も職場も転々としながら二十代を過ごした。一番長く過ごしたのは、JR根岸線山手駅近くの職場で、六年いた。横浜で過ごした十数年の中で、一番印象深く、また一番縁の深かった土地が、この山手かもしれない。まっぽさんと別れた後、ふと気が向いて、立ち寄ってみた。
 僕は五、六年前に一度、このあたりを訪れている。そのとき、僕は山手の職場を辞してすでに数年経過していた。もう僕のことを知っている人は少ないだろうと、職場の入り口まで歩いて行くと、僕のことを覚えてくれている人がすぐに出てきてくれて、僕を職場の建物に招き入れてくれた。嬉しかったし、懐かしかった。その仕事は一定サイクルで転勤があって、三年から六年が年限で移動するから、今はもうさすがに、僕のことを知っている人は残っていまい。北風に吹き寄せられるようにまた、山手駅までやってきて以前の職場の前を通ったけれど、建物の中は静かだった。すでに年末の休暇の時期に入っているのだから当たり前だ。北風の寒さが、ちょっと堪えるような気がした。

f:id:sekimogura:20200110222858j:image

 僕がここで仕事をしていたのは東関東大震災のあった年までで、その後駅舎は改修され、改札の位置が変わった。駅前のロータリーも少し広くなっている。しかし、改札を出てぐるりと見渡し、今度は、その駅前の風景のあまりの変化のなさに、僕は驚いた。さっきまで、僕の知っていたのとはまるで違う横浜駅にいたから、その変化の少なさがなおのこと衝撃的だった。まるで、永久凍土で冷凍保存されていたマンモスのよう。駅前に大きな小学校があり、右手にセブンイレブン、左手にスーパー・トップ。十年前と、何も変わっていない。
 実を言えば、僕は学生時代に用事があってここに一ヶ月ほど通っていた時期がある。それが二十年前の話。そして、その頃にはすでにセブンイレブンが同じ位置にあり、正面はやっぱり大きな小学校だった。セブンイレブンに度々弁当を買いに来ていたからよく覚えている。

f:id:sekimogura:20200110223015j:image

 不意に思い立ってここへ来てみたが、別にあてがあってのことではない。僕はふらふらと歩き始めた。歩いているうちに、根岸森林公園が近いことを思い出した。散歩がてら、森林公園まで歩いてみることにした。
 森林公園は坂を上った先にある台地の、窪地状の広場だ。都市部にある公園としては破格の広大さを誇る森林公園は、近隣住民の憩いの場である。明治時代には、横浜に居留する外国人のための競馬場だった。根岸競馬場といい、そのメインスタンドが今も残っている。戦後、米軍に接収された歴史があり、今でも周辺には米軍関係の施設が散見される。
 訪れたのは年末の、クリスマスも過ぎた大晦日直前。午前中は雨で、午後になった今も鉛色の雲が低く垂れている。人影は少なかった。スーパートップの方から坂を上っていく。ここは細い道の入り組んだ住宅街。迷路のように入り組んだ道を、ここで仕事をしていた頃には目をつぶってでも歩けた。十年前と少しも変わらない町並みに、あたかもタイムスリップしたかのような感覚に襲われる。
 調子が狂ったのは、横浜では有名な私立中学校の前まで来た時だった。学校の建物が新しくなっている。それは、僕の思い出の地図を狂わせた。まっすぐ森林公園に向かうつもりが、いつの間にか白滝不動の方に迷い込んでいる。おっといけない、いけない。校舎を新設した私立中学校をぐるりと回り込むようにして、尾根伝いに、遠回りで森林公園の方に舵を切り直した。その間にも、人とはほとんどすれ違わない。まるで僕を避けてみんな引っ越してしまったかのようだ。ここはもう君の来るところではない、そんな風に街が言っているような気にさえなる。

f:id:sekimogura:20200110222920j:image

 ずいぶん遠回りをし、根岸の工場群を霞の彼方に眺めながら歩いて、やがて根岸森林公園にたどり着いた。
 私立中学校の建物が変わっていたのには驚いたが、森林公園はまた、僕が頻繁にここを訪れていた頃と変わりない風景のままだった。小さなカルデラのように中央が落ち窪んだ、野球場二面ぐらいの大きさの芝生とその周囲を囲む木立の壁によって構成される公園。遊具の類いはない。芝生の一角に梅林がある。その梅林の向こう、木立を超えてその先に、旧根岸競馬場(横浜競馬場)のメインスタンド跡のタワーが三つの頭をぬっと突き出して僕を迎えていた。
 そのメインスタンド跡のタワーの窓が、びっくりして「やあおかえり、久しぶりだね」とでも言っているような顔をしているので、僕は嬉しくなってしまった。どうも、彼は僕のことをまだ忘れていないらしかった。今日はもう結構歩いたので僕は疲れ始めていたのだけど、せめて彼に挨拶をしないでは帰れないと自分を励まして、大きな公園の反対側まで行くことにした。
 公園を横切ると、やっぱり風景は昔のままちっとも変わっていない。しかし、先だって東日本を襲い新幹線基地を水没させた台風のせいだろう、所々に倒木があったり、「この木は倒れる危険があるので近づかないでください」みたいな張り紙が幹にしてある根のえぐれた木があったりする。この場所も、昔と変わらないような顔をしていても、時に流され変化を続けて、僕と同じ今を生きているのだと知れた。
 冬枯れした芝生の広場を横切り、道を渡ってメインスタンドが保存されている隣接の公園に入る。森林公園の中にいた時には木立にさえぎられて見えなかったメインスタンド跡が、突然、ぬっと姿を見せる。
 中性ヨーロッパの城壁を思わせるメインスタンド跡は、近代化産業遺産に指定されているらしいが、積極的に手入れされている形跡はない。僕がこの地域に関わっていた頃は、もう少しきれいだったと思うのだけれど今は、割れた窓を塞いだ板は割れているし、ツタが塔全体をおおうほどに壁面を覆って、まるで幽霊屋敷だ。そして、雨上がりの曇り空をカラスの群が待っている。メインスタンド跡に住み着いているのかもしれない。不気味だ。

f:id:sekimogura:20200110223232j:image

 そのお化けが出てもおかしくなさそうな遺構の足下に小さなバスケットコートがあり、近所の子どもだろうか、数人がゲームに興じている。彼らはきっといつもここで遊んでいるんだろう、メインスタンド跡のたたえるちょっとおどろおどろしい雰囲気など気にとめる様子もない。もし明日、突然メインスタンド跡がなくなっていても気づかないんじゃないかというような無関心ぶりだ。いや、バスケットをしている子どもだけではない、少し下がったところにある遊具の広場で遊んでいる親子連れも、犬の散歩に来ている奥さんも、平気な顔をしている。この巨大な遺構が見えているのは僕だけで、他の人間には見えていないんじゃないかという気にさえなる。
 メインスタンドのトラック側には入れないので、僕はしばらくの間、エントランス側の半周を行ったり来たりした。その間に散歩を楽しんでいるらしい人たち数人が遺構の前を通り過ぎていったけれど、誰も、メインスタンド跡にも僕にも関心を払わなかった。僕はメインスタンドの脇から、拗ねて膝を抱えた子どもの顔をのぞき込むように、塔の窓を見た。二つ並んだ円い窓は目のようで、僕の久しぶりの訪問に驚いて喜んでいるいるように見えたし、四角く開いた出入り口が嘆き途方にくれてぽかんとしているようにも見えた。
 役割を終えたもの、舞台から降りたものが忘れ去られていくのは、仕方のないことなのかもしれない。

f:id:sekimogura:20200110223129j:image

 しばらくその辺りを歩き回ってから、僕はメインスタンド跡のある公園をあとにし、今度はさっきとは反対側の山元町との境界をなす尾根伝いの道から駅を目指した。森林公園を出て消防署の方へ行くと、マンション群がある。人の気配はほとんどない。仕事で関わった人も住んでいるはずだけど、きっと年末の休暇を旅行して過ごしたりしているんだろう。いや、もう引っ越してしまったかも知れないな。そんなことを考えながらマンションのゲート前を通り過ぎかけた時、ゲートから女性の二人連れが出てきて、僕を目にとめ、立ち止まった。
「あ、」
 年配の女性の方がまず声をあげ、それから若い女性も僕を見て驚いた顔をした。呼び止められてまじまじと見返すと、年配の女性に見覚えがあった。ええと・・・そうだ、十三年前に仕事で関わった人だ。彼女は僕のことを覚えていた。そしてすぐに僕に気づいて、呼び止めてくれたのだった。僕たちは懐かしがって笑顔で挨拶を交わした。でも、もう一人の若い方の女性は、記憶になかった。
 誰? といぶかしんでいる僕の気持ちに気づいた年配の女性が言った。
「娘です」
「ええっ!?」
 僕は、あの頃八歳だったお嬢さんの変貌ぶりに驚いた。もちろん、八歳当時の彼女のことを僕は覚えているけれど、立派に成長した今の姿にはどうしても記憶がつながらない。いや、けれどそう言われてみれば面影あるかも。妙齢のお嬢さんがにっこり笑った。僕ははっとする。やわらかそうな頬にできたえくぼに覚えがあった。時間がやっとつながった。昔話の花が、ぱっと開いて咲いた。
 僕たちは話しながらしばらく歩き、山元町の商店街に買い物に行くらしい二人と三叉路で別れた。
 別れの挨拶を懇ろに交わした後、駅に向かいながら僕は考えていた。今出会った二人は、最後にあってから十年近く経過していたのに、僕を僕だとすぐに認めてくれた。ということは、僕自身は、十年前とさして変わっていないということだろうか。劇的に成長も老衰もしていないことは確かなのかもしれない。それはいいことのような気もするし、残念なことであるような気もした。僕はしばらく悩んだ。
 けれど最終的に、それはたいした問題ではないんじゃないかと僕は結論した。どれだけ時間が経っても、再会が喜ばしいものであるなら、会えない時間も無駄じゃない。

f:id:sekimogura:20200110223300j:image

 三叉路を右に行った二人と左に行った僕。もう数ヶ月経てばどちらも、日常の忙しさに久々の再会のことも忘れるだろう。でもそれでいい。駅の方へと続く坂道を下り始める前に、僕はさっききた方向を振り返った。親子二人組も根岸競馬場のメインスタンド跡も、もう見えなかった。