半月ほど前、ベトナムで仕事をしている高校時代の友人が一時帰国したので会いに行ったら、お土産だと言ってコーヒーをくれた。東南アジアはコーヒーの名産地である。きっとおいしいに違いない。お礼して受け取った。
レギュラーコーヒーの真空パックには、ナポレオンの絵がプリントされている。ベトナムなのになぜナポレオン? ベトナムってフランスの植民地だったんだっけ? こういう時、歴史に明るくないとすぐに分からなくて困る。調べてみると、やっぱりどうもフランス領だった時代があるようだ。フランス領インドシナ連邦。しかし、別にナポレオン時代に植民地だった訳ではない。うーん、なんでナポレオン?
で、次にもらったコーヒーについて調べてみると、なんだかえらい高級品を頂いてしまったということが分かった。表示されているアルファベットの読み方も意味も分からなかったのだけど、ネットで検索をかけると「幻の狸コーヒー」って意味らしい。狸? ナポレオンが狸? 化けてるのか? ますます意味が分からない。しかし、どうやらその狸の食べたコーヒーチェリーの、発酵した豆を集めたのがこの「幻の狸コーヒー」らしい。ああつまり、コピ・ルアクみたいなものか。おおお、それって超高級品じゃん。
そのナポレオンのコーヒー、なんだか畏れ多くて、しばらく高いところに飾っていたのだけど、消え物は消してナンボと思い直して勇気をだし、もらってから半月ぐらいした今日、やっと封を切った。
パッケージにハサミを入れるなり、およそコーヒーとは思えない甘い香りが噴き出した。なんだこれ? バニラみたいな香りがする。でも、封を開いて中身を確かめると、中細挽きぐらいのレギュラーコーヒーだ。何かの間違いじゃないかと疑ってパッケージの中に鼻を突っ込んでみると、そのバニラみたいな香りの中に、ちゃんとコーヒーの香りもする。へーえ、面白い。
本来、ベトナムコーヒーは専用の器具で落とすものだけど、そんなものが我が家にあるわけではないので、普通にペーパードリップで淹れた。湯を豆に注ぐと、そのバニラのような香りが部屋中に広がる。その香りたるや、強烈だ。ありとあらゆる部屋の匂いがリセットされる。ベトナムにはまだ行ったことがないけれど、部屋がベトナムになった気がした。
飲んでみると、さらに強烈。ああでも、うまい。めっちゃうまい。最初に感じるのは、甘み。果実系の甘みが最初にくる。その後に、東南アジア産のコーヒーに特徴的な酸味と、深入りの苦みを感じる。これ・・・いい豆だな。コーヒーの酸味(acid)って二種類あって、豆に由来する自然な酸味と、酸化や化学薬品のために発生する嫌な酸味があるのだけど、これは前者の方。上品。この酸味は素晴らしい。
コーヒーの酸味は、深煎りすると飛びやすい。けれどこのコーヒーの酸味は飛ばずにちゃんと残っている。だからきっと、もともとの酸味はすごく強い。浅煎りで頂いたら、飲み慣れない人は飲めないぐらい強いんじゃないかな。でも、これ浅煎りでもアリだよ。僕、浅煎り好きだし、酸味系のコーヒーも好きだし。
まあ、あちらの人は深煎りのコーヒーに砂糖をたっぷり入れるのが習慣だろうから、浅煎りのブラックを飲もうなんていう発想はないかもしれない。逆に僕は、浅煎りブラックが好きだ。でも、これはこの煎り具合のままで、砂糖たっぷりの方がおいしいかもね。砂糖を入れる習慣のない僕だけど、次は砂糖を入れて頂いてもいいかもしれない。
ずいぶんいいものを頂戴してしまった。
コーヒーは近年、価格の高騰が激しい。僕が学生の頃なんて、ブラジルなんか100gが300円以下で手に入ったものだけど、今はもう500円近いもんなあ。嗜好性の高い豆なんかは値上がりっぷりがもっとひどくて、もう気軽には買えない値段だ。需要の増大と気候変動が原因らしい。そうなると価格高騰は構造的なものだから、そうそう下がりはしないだろう。今回もらった狸の豆だって、そう考えると「今はまだこの値段」なのかもしれない。あるいは、そもそも手に入らなくなるってことだってありえる。だとすると、このタイミングでこの豆を贈ってもらったのが口にする最後のチャンスだった、ってことになってもおかしくない。
友よ、ありがとう。