笛吹きもぐらは旅をする

笛吹きの、慢性疲労症候群の療養日記。

クラビノーバ


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 クラビノーバヤマハが製造する電子ピアノだ。僕の家にはこのクラビノーバが一台ある。僕が練習したくて買った。しかし管楽器ほど夢中にはなれず、あまり熱心には弾かない。だから全然上達しない。それでも、いつかリストやラフマニノフが弾けるようになる日がくることを夢見て、細々と続けている。
 電子ピアノの美点は、深夜でもヘッドフォンで練習できることと、調律の必要がないことだ。しかし、機械である以上、全くのノーメンテナンスで使い続けることもできない。しばらく前から、低音側の鍵盤から異音がすることは分かっていた。あまり弾かない鍵盤だから無視していたのだけど、やがて鍵盤全体のタッチが悪くなり、頻繁に使う音域からも異音がし始めたので、修理の依頼をすることにした。

 購入店に電話してリペアマンの派遣を依頼した。その数日後にリペアマンがやってきて、電子ピアノのカバーを開けた。もっとぎっしりと部品がつまっているのかと思いきや、中は意外なほどすっきりしていた。
 中身は、僕の見たところ、鍵盤、センサー、制御基盤、アンプ、スピーカーで構成されている。アンプとおぼしき基盤にはコンデンサが刺さっていて、リペアマンは「最新機種だと、ここもデジタル回路なんですよ」と教えてくれた。リペアマンは鍵盤の具合を確かめ、クッションのフェルトとセンサーのラバー接点を交換した。たったそれだけのことだったが、弾いてみると驚くほどタッチがよくなっていた。異音もしない。

 よしよし、これでまた楽しめる。後は僕の腕前の問題だけだ。こっちも、関節と筋肉の交換でチャイコフスキーがすぐに弾けるようになったりしないかな。ならないか。ならないよな。
 うん、仕方ない、練習しようっと。

職員室の窓


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 近畿に発令された二度目の緊急事態宣言が解除された。東京を含む首都圏は、まだ発令中。しかも再延長が決まったようだ。先が見えない。息苦しい。
 この春休みには、東京の義父母に子どもを会わせられるだろうなんて考えていた。甘かった。感染リスクのある行動は可能な限り避けなければならない。なぜなら、義父には基礎疾患があるからだ。数年前には入院もしている。元気にはしているようだが、万全とは言えない体なのだ。ここでコロナに罹って入院となると、色々な覚悟をしなければならない事態に陥るだろう。

 義父には会いたいが、さてどうしたものかな、などと考えて日々を送っていたら、吹奏楽部を指導しにお邪魔している中学校の教頭先生が「あ、もぐらさん、ちょっと」と僕を呼び止めて、出し抜けにこんな宣言をした。
「今度、二週間ばかり入院するんです」
 こういう時期のことだから、かなりびっくりした。二週間? まさかコロナ? いやいや、そうではなかった。僕の早とちり。コロナだったらさすがに学校に顔を出しはしないだろう。よく話を聞いてみると、全然別の病気らしかった。
 教頭先生は、「歳をとると、体にガタがきます。嫌なものですね」と冗談でも言うような調子で言い、照れくさそうに笑った。あまり深刻な空気にしたくないのであろう教頭先生の気持ちを汲んで、「働き過ぎですよ。ゆっくり体を休めてください」と僕も愛想笑いした。

 公立学校は、ブラックだ。
 先生方を見ていると、本当に気の毒になる。本来の勤務時間がいつからいつまでなのか分からないが、大幅に超過してお仕事されていることは疑いない。先だって、練習で使った部屋の鍵をうっかり持ち帰ってしまい、もちろんそのまま持っていたのでは迷惑になるので、夜遅くに返しに行った。顧問の先生に連絡を取ると「学校のポストに投函しておいてください」と仰ったので、そうするつもりで向かったのだけど、門の前まで来てまだ職員室の窓が明るいのに気がついた。時刻は21時。まさかと思ったけど、職員室の扉をノックしたら返事があった。教頭先生と、三年生の担任の先生が数人、まだお仕事をなさっていた。
 そりゃガタもきますよ、教頭先生。
 昨年度から今年度は、コロナのことで心労も多かったことだろう。実務も例年以上に大変だったろう。半年ほど前に、学校管理職はあまりの激務のためになり手がなく、なんとか人員を確保するために管理職への昇進試験が廃止されたなんてニュースを読んだ。普段から過剰な校務をこなし、その上にこのコロナパニックでは、過労にならない方がおかしい。
 GIGAスクール構想だとか何だとかで、児童生徒一人に一台タブレットが配布されるらしい。それもいいんだけどさ、もっと先生の人数を増やしませんか? モノも大事だけどヒトにももっと金使いましょうよ。僕は、一校に3人ぐらい教頭先生がいてもいいと思っている。朝の教頭先生、昼の教頭先生、夜の教頭先生。だって、教頭先生って、朝から夜までずっと学校にいるんだもん。シフト制にしたらいかがですかね? そうすればなり手も増えると思うんですけど。それぐらいしないと、いつか公立の学校は崩壊しますよ。

 で、頭を下げて鍵を返して僕は帰路についた。珍しく深夜に出かけたついでに、明石大橋を見に行った。学校から近いのだ。以前はライトアップされていたと思ったのだけど、明石大橋の灯りは消えていて、海は暗かった。明々と灯りのともった職員室の窓と、暗闇の明石海峡。日本の教育の未来は暗いなあ。
 夜の職員室の窓を暗くして、代わりに明石海峡を明るくする方法は何かないもんだろうか。ねえ、永田町の皆さん?

心斎橋

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 最後に大阪に来たのは去年の3月だった。最初の緊急事態宣言の直前だ。あの後すぐに移動の自粛が叫ばれるようになり、それから今日まで僕は一度も県境をまたがなかったが、今日ほぼ一年ぶりに大阪を訪れた。カメラ機材のメンテナンスのために、ニコンプラザへ行くためである。
 転職の準備のために、3月は少しばたばたする。本当は二度目の緊急事態宣言の解除を待って行きたかったが、今を逃すとかなり先まで機会がなさそうなので、解除の前に大阪に向かった。このパンデミックの最中にニコンプラザは大阪駅界隈から心斎橋あたりに移転している。今まではJRだけで事足りたのだが、四つ橋線に乗り換えて上町駅までやってきた。
 心斎橋を訪れるのは、人生で二度目だ。
 最初に訪れたのは横浜から関西に戻ってきてすぐの頃だろうか。楽器屋を探しに来た。三木楽器やヤマハ大阪の旗艦店が心斎橋にはある。結局、関東でもご縁のあった大阪駅近くのドルチェ楽器に続けてお世話になることにしたのだが、一応どんなお店か見ておきたくて訪れた。
 ほぼ10年ぶりの心斎橋。変わったような、変わってないような・・・さすがに10年前に一度だけ訪れた街の風景なんて、覚えていない。
 まず、ニコンプラザに向かった。場所は違うが、以前と同じようにオフィスビルのワンフロアにブースが開設されている。まず、サービスカウンターに機材を預けた。そして、展示されている最新のカメラやレンズをよだれ垂らしながら眺める。一通りおさわりして満足してから、ビルを出て、メンテナンスが終わる時間までそのあたりを散策した。

 最初に、三木楽器とヤマハに行った。どちらも商店街の中にあったはず。三木楽器はすぐに見つかった。けど、こんな場所だっけ? こんな売り場だっけ? 以前、管楽器を取り扱っていた大きな店舗はピアノ専用売り場になっている・・・ような気がする。管楽器はどこにいったのだろうと商店街を歩き続けると、小さなビルの四階に三木楽器の管楽器売り場を見つけた。売り場が分割されたのだろうか。
 そして、ヤマハが見当たらない。結局、スマホのマップに頼ると、アメ村の少し向こうに矢印が立った。多分、移転している。ニコンプラザからのんびり歩いて20分弱、やっとヤマハの看板を見つけた。そうか、ここにきたのか。ふーん。
 今すぐ楽器屋で買うようなものがあるわけではないけど、楽器屋を巡るのは楽しい。横浜にいた頃は、よく新大久保の中古楽器屋を巡った。関西は中古楽器を取り扱う店が少なくて物足りないけど、新品でも眺めているだけで気分が晴れる。中学校の吹奏楽部にお邪魔させてもらうようになって、新製品の情報もチェックするようになり、「ヤマハが新しいバリサクを作った」「トランペットのプロモデルもリニューアルしたらしい」なんて聞くと、やっぱり実物が見たくなるものだ。本当は試奏できるといいのだけど、買うわけでもあるまいし、そこまで厚かましくはなれないから、見るだけ。いやそれでも、十分楽しい。

 大阪の街を歩き回って思うのは、ここは本当に平らな街なんだな、ということ。坂がない。ほんとに、鏡みたいに真っ平らだ。僕の住み慣れている神戸と横浜は坂の街だから、坂がないというだけで、ものすごい違和感を感じる。冗談でなく、歩いていて足もとがフラフラする。ニューヨークの街を歩いた時にも同じ事を感じた。山がない、というのもいけない。方向感覚がなくなる。僕は大阪には住めないな。坂と山と港がある街が、僕はいい。
 あちこち歩き回ったついでに、アメ村を通り、戎橋を渡った。グリコの看板を見た。以前来たときには、アメ村も戎橋も来なかった気がする。人生初グリコ。でかい。昼のグリコは写真なんかで見る夜のグリコより味気ないけど、それでもなかなかよかった。あのサイズの看板は、神戸にはない。

 カメラのメンテナンスは、一年から一年半に一度のペースを守っているから、僕はまたここに来るだろう。今度来るときは、パンデミックも終息しているはず。そう信じたい。そのときには、うまいたこ焼きでも頬張りながら夜のグリコを見たいな。

 

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