笛吹きもぐらは旅をする

笛吹きの、慢性疲労症候群の療養日記。

YVS-140 テナー・ヴェノーヴァ

 

 高校生の頃、音楽之友社から出版されていたハードカバーの楽典と音楽通論を読んでいた。今教えている中学校の生徒たちに、「楽典って、こんなやつ」って見せようと思い、探したのだけど、見つからない。どこにやったっけ? 数年前に古い本をまとめて処分した時に、売ってしまったか。これだから、本は売らないに限る。あーあ。
 自分も、再確認したいことがあったし、一冊あればうちの子ども達もいつか必要とする日がくるかも知れないと考えて、買い求めることにした。調べてみると、色んな出版社からいろんな内容の楽典が出版されている。これは、選ばないといけないと思って、三宮のヤマハにやってきた。
 三宮のヤマハは、一階にギター売り場と管楽器売り場がある。その管楽器売り場の入り口に、ヴェノーヴァがならんでいて、楽譜売り場へ行く前に立ち寄ってじろじと見ていると、「吹いてみますか?」と店員さんに声をかけられたので、お言葉に甘えて試奏することにした。

 YVS-100、いわゆるソプラノヴェノーヴァが発売されたのが、4、5年前だろうか。それを僕は西宮の楽器屋さんで試奏したことがあった。マウスピースがソプラノサックスの4Cなのだけど、僕は小さいマウスピースが苦手で、えらく苦戦した。そんなヴェノーヴァに、YVS-120(アルト)、YVS-140(テナー)が加わり、僕でも吹けるサイズになっている。せっかくなので、最新盤のYVS-140、テナーヴェノーヴァを試させてもらった。

 ファーストタッチの感触としては・・・でかい。でかいな、これ。テナーリコーダーのサイズ感だ。プラスチックなので軽いけど、大きさは一人前。YVS-100の手軽さ、おもちゃ感はないように感じる。
 カジュアル管楽器という位置づけのヴェノーヴァだが、ここまでくると、カジュアル感はかなり薄い。これはもう、楽器だ(当たり前)。

 指穴は、当然指で塞げなければならないので、そこまで大きくない。しかし、指穴同士の感覚はソプラノよりかなり広いな。ああでも、全然苦痛じゃないよ。標準的な男性の手のサイズなら、何の問題もない。女性で、小さめの手指の人でも多分、大丈夫だろう。そのくらいの感じ。右手の音孔にはキィがついている。薬指と人差し指は分割式。リコーダーでいうと、豚鼻になっている音孔に、穴ごとにキィがついているイメージ。
 ご存知の通り、管は蛇行している。これってつまり、現代のセルパンなのか? 管を蛇行させて、人間の手のサイズでも音孔を操作できるようにしようっていう発想は、まさにセルパン。面白い。
 右手親指の位置には、サックスのオクターヴキィに相当するキィが装備されている。リコーダーだと2オクターヴ目の発音にはサミングの技法を用いるが、ヴェノーヴァはサックス風にこのオクターヴキィを使用するみたい。
 だから、運指的は、リコーダーをベースに、要所要所サックス風にアレンジされるって感じかな。土台となるリコーダー運指は、音孔のスペーサーを着け外しすることで、ジャーマン風とバロック風が選べるらしい。僕が試奏させてもらった時点ではジャーマン風だった。僕は、リコーダーはバロック運指派なので、バロック風の運指も試したかったけど、スペーサーの外し方が分からなかったのでトライしなかった。

 で、システムがなんとなく理解できたところで、実際に音を出してみる。
 マウスピースはテナーの4C相当。テナーサックス吹きの僕には、何の問題もなく音が出る。サックスのやつと何か違うのかな? 分からない。
 樹脂のリードも、レジェールで慣れている僕には何でもない。音量は、通常のサックス並みだ。管楽器の経験がない人には、かなり大きく感じるだろう。このリード、サックス用のシンセティックリードと同じだろうか? 似ているようには思う。うーん、わからない。ヤマハ製のこの手の製品に、デジタルサックス用の模擬リードもあって、あれは音が出ない。似たようなものなのにたくさんの仕様があるのはコスト高だから、やっぱりシンセティックリードなんだろうな、と推察するけど、分からん。
 出音は、やはり4C相当だ。音色は硬い。まあヴェノーヴァなら、これで十分じゃない? 他のマウスピースを装着することもできるようだが、胴体が胴体だし、音色や音量が劇的に改善するってことはないんじゃないかな。もし目的が吹奏感の改善なら、やってみる価値はあるかもね。しらんけど。
 パラパラと音階を吹いてみる。サックスの口でリコーダー運指(特に半音階)っていうのが、ちょっと脳がバグる感じがして面白い。音程、思ったよりいいな。半音階も・・・悪くない。音によっては音色が曇るけど、音程はそれなりにとれる。ああでも、Bbの音色が悪いのはちょっと、致命的だな。右手人差し指のキィには、中央に小さな穴があいていて、この穴を開けた状態で吹くと、Bbの音色がよくなる。へーえ、考えたね。この穴でF#も出せて、すげえ、よく工夫してある。普通にキィをふさいで、キレイに鳴るのがもちろん理想なんだけど、これはこれでいいんじゃない?

 しばらくあれこれ吹いてみて、難しいことをしないなら結構楽しめるなと感じた。ただね、サックスやリコーダーと同じ事をしようとすると、ちょっと難あり。ええと、あーいや違うな、なんて言うか・・・ヴェノーヴァって結局、ヴェノーヴァなんだって思った。つまりね、サックスに似てるけどサックスじゃない、リコーダーぽいっけどリコーダーじゃない、どちらとも似て非なる楽器なんだってこと。当たり前じゃん、って仰るかもしれないが、なんだろうな、そのオーバーラップする部分の深さが、深いがためにかえって、違和感を覚えてしまうのだ。
 例えば、バップのフレーズを吹こうとすると、さすがにサックスほどスマートには吹けない。じゃあバロックが似合うかっていうと、リコーダーの軽やかさはない。何だろうな何だろうな・・・何をするための楽器なのかよく分からない、って感じかな。あー、モヤモヤする。

 仮にヴェノーヴァを手に入れたとして、僕はこの楽器を一体何に使えばいいんだろう。オケではもちろん使えないし、ジャズがやりたければサックスの方がいいし、フルートやリコーダーのかわりになるような音色ではないし・・・。なんかさ、ヴェノーヴァのための曲とか音楽があるといいよね。ヴェノーヴァらしさを活かせるアンサンブルピースがあったり、音楽の楽しみ方があったりすれば、買いたいっていう気持ちになると思う。でも今のところ、ヴェノーヴァの特性を活かせるシーンを、僕は思いつくことができない。
 ヴェノーヴァの、ヴェノーヴァらしさって何だろうね? ヴェノーヴァの、サックスやリコーダーに対するアドバンテージって何だろうね? それがどうにも思いつかないのだ。それが見つかれば、きっと楽しめるし、周囲にも薦められるんだけどなあ。
 よく工夫されてる楽器だし、それなりにツカエルものだって予感もする。ポテンシャルは間違いなくある。でも、今「買い」かって考えたら、今じゃないんだよね。そういうわけで、試奏しただけでお返しした。ごめんなさい。

 新しい楽器、今までなかった楽器っていうのは、それを音楽的にどう扱うのかっていうのが課題だな。
 昔、スズキの「アンデス」という鍵盤ハーモニカのエアリード版みたいなのがあって、全然流行らなかったらしいのだけど、それを栗コーダーカルテットが使ったことで爆発的に人気が出て、カタログに復活したという話を聞いた。ヴェノーヴァもさ、その音色を活かした音楽コンテンツが世間に広まれば、もっと認知もされるだろうし、人気も出るんじゃないかな。ヤマハさんは、そこんとこもっとマーケットに対してサジェストしていかなきゃいけないだろう。
 そして、そういうのってプレイヤーサイドでも工夫していくべきなんだろうな。既存の音楽・・・ジャズだとかクラシックなら、もうサックスやクラリネットがあって、基本性能が断然上なのだから、そっちの方に取り込まれるってことはなさそう。もし活用できるシーンがあるとすればきっと、アンデス的な方向かなあ。でもヴェノーヴァは、アンデスほどほのぼのしてない。この音色と手軽さ・・・何だったら楽しめるだろう? 考えろ、考えろ。