笛吹きもぐらは旅をする

笛吹きの、慢性疲労症候群の療養日記。

瀧山城跡

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夏草や兵どもが夢の跡

「おくのほそ道(全)」 松尾芭蕉 角川ソフィア文庫

 

 慢性疲労症候群の症状は、かなり軽くなってきた。無理さえしなければ、たとえ倦怠感を感じた日でも、日常生活に差し支えるほどの辛さはもうない。ただ、やはり疲れが溜まった時には発作的に強い倦怠感を覚えたり、胸の下が張るような息苦しさを感じたりすることがある。その胸下の張りを改善するために今は、補中益気湯に加え、柴胡加竜骨牡蛎湯(サイコカリュウコツボレイトウ)という薬を服用している。
 まだ、安心して新しいことにチャレンジしたり仕事に取り組んだりというレベルにはいたらないけど、体力増強のために運動するくらいなら問題はなさそうだ。そういうわけで、近頃は少し負荷の高い運動も行うようにしている。

 布引山に瀧山城跡というものがある。
 布引の滝から布引ダムに行く途中に「猿のかづら橋」という橋があり、それを渡って尾根伝いに山奥へ進んでいくと、昔の山城の曲輪跡が存在するのだ。数年前に一度訪れたことがあったが、その時以来行っていなかった。けっこうハードな行程の割に、大した物が残っているわけでもないからなのだけど、散歩で布引山に登って「猿のかづら橋」の前を通った時に、「久しぶりに行ってみるか」という気になって、足を向けた。
 かづら橋を渡ると、世界が変わる。かづら橋の手前までは、誰でも気軽に上れる散歩道のような登山道なのだけど、橋をわたって尾根を回り込むと、けもの道のような道しかない。角度が急だし、細い。柵もないので、足を滑らせれば滑落事故の危険もある。
 本当は、僕みたいな素人が簡単な装備で単独行してはいけない道なのかもしれない。でも、慎重に足もとを確かめながら、ゆっくりと上った。けもの道のような、とは言ったが、それでも道は道だし、段がつくってあったり休憩用のベンチが据えてあったりするので、きっと誰かが定期的に手入れしている道であるには違いないのだ。
 尾根に沿って上っていく道なので、南斜面側を歩いている間の眺望は悪くない。しかし、ロープウェイを見下ろす峠を越えると、道は谷側へとまわりこみ、すると一気に見通しが悪くなる。そして、林の中をぬけていく幅50cmほどの心細い道を、滑落の恐怖を感じながら進む。
 30分少々、そんな風に歩いて行くと、やがて瀧山城跡を案内する看板が現れ、そこがすでに城の曲輪跡だと知れた。そして、どこからどこまでが城跡なのかわからない林の中を進むと、「瀧山城跡」の石柱が僕を待っていた。

 ええと確か、以前にここへ来たのがもう10年近く前になるだろうか。その時と、風景が全然変わっていない。石柱は、朽ちも倒れもせず、かといって周辺の整備が進むでもなく、本当にそのまんま。まるで時が凍りついているかのようだ。不思議。
 人工物というのは、誰かが使って手入れをしない限り、必ず朽ちる。布引山を含む摩耶山・六甲山の山中には、人の住まなくなった民家や何かの遺構が結構残っていて、それらは大抵、時間の経過とともに朽ちていき、その上にはやがて落ち葉が降り積もり、そして土に埋まっていく。だけど、この瀧山城跡の石碑、朽ちる気配もなければ、汚れてもいない。確かめたわけではないので、僕の想像の域を出ないけれど、きっと誰かが手入れしているのだ。でなければ、こういうものは必ず倒れたり汚れたりする。一体誰だろう。まさか、古武士の幽霊ということはあるまい。きっと、ここを定期的に訪れて管理している人がいるのだ。
 しかし、この城跡と呼ぶのをさえためらってしまいたくなるような寂しい場所を、一体誰が訪れているのだろう。僕はここを二度訪れて、一度も人に出会っていない。何年か前に展望台のあたりで、「瀧山城跡に行きたいのですが」と年配の男性に道を尋ねられたことはあったけど、その人が本当にここまで来たのかどうかは分からない。その方、心臓疾患があるとかいうことで、ずいぶん息苦しそうに登山していた。ここまでのあの急坂と細い道を乗り切れたとは、とても思えないのだが。

 そんなことを考えながら、僕は来た道を引き返していくと、あれれ、ロープウェイの見えるところまで来たところで、ひとりの年配の男性が上ってくるのにすれ違った。ああ、ここを通る人がちゃんといるんだね。これは失礼しました。

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冬枯の 山で誰待つ 石碑かな
                関もぐら
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