笛吹きもぐらは旅をする

笛吹きの、慢性疲労症候群の療養日記。

サントリー・オールド


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 低血糖、と医者に指摘されてから、食品の糖質を気にするようになった。
 ロカボな食事として推奨される一食当たりの糖質量が20gから40gと言われ、これがご飯半膳に相当するらしい。うげ、けっこう少ないな。麺類、砂糖は御法度なのだそうだ。僕は甘いものが特別に好きというタイプではないから、砂糖は別に気にしないけど、ラーメンやそばは結構好きなので、うーん、まいった。
 お酒も、醸造酒や紹興酒は糖類を多く含むので避けた方がいいらしい。じゃあ何ならいいかというと、ウィスキーなどの蒸留酒。そうか、ウィスキーはいいのか。
 酒はしばらくやめていたのだけれど、しばらく前から気晴らしにまた少し飲むようにしていた。先だってトリスがあいたので、次は何にしようかとスーパーの棚を眺めていると、ずんぐりと黒いボトルが目についた。
 サントリー・オールド。
 だるまとかたぬきとか、どんくさいたとえばかりがあてられる黒いボトルは、ザ・ジャパニーズウィスキーの象徴だ。しかし、一度も飲んだことがない。ボトルの背中には寿の文字がレリーフされている。退職祝いだと思って、買って帰ることにした。

「恋は、遠い日の花火ではない。」

 オールドでまず思い出すのは、このコピー。いい歳こいた大人が、青臭い恋の香りをふっと漂わせるあのCM、印象的だった。うろ覚えだが、「失楽園」が流行した頃の宣伝だったろうか。あの時代、中年の男女の純愛がもてはやされた。人生の酸いも甘いも味わい尽くして、その味全部を忘れかかった大人が、中学生も赤面するような恋心に酔う。ああ見苦しい。でも、なんとなく、いい。
 さっそく封を切って、グラスに注いでみる。甘い香りがする。口に含んで、笑ってしまった、味わいもやっぱり甘い。なになに、オールドってこういうこと? クセも嫌みもなく、すっと喉を通って胃袋を焼く。拍子抜けするぐらい素直なウィスキーだ。
 何となく、スコッチもバーボンもカナディアンもアイリッシュも、全部飲み尽くした大人が最後にたどり着くのがオールド、みたいなイメージがあった。だから、きつめのスモーキーフレーバーがあったり、ビターな味わいだったりみたいなことを予想しながら飲んだのだけど、全然そんなことない。
 でも、あれもこれも飲み尽くしたら結局こういうストレートで素直なものに戻るっていうのは、案外セオリーなのかもしれない。たばこでいえばショッポ、バイクでいえばカブみたいな。全然かっこつけてないんだけど、知ってる人には分かるっていうポジション。そういうところにみんな帰っていくんだろう。そうか、僕もついに帰ってきてしまったか。そんなことを考えながら、二杯目をグラスに注ぐ。うまい。

 僕にとってはもう恋は遠い日の花火だが、オールドを舐めていると、見上げた花火のまぶしさや火薬の煙の痛さに目を細めた日々のことを、ちょっと思い出した。あの花火を、今度は僕の子どもたちが見上げるのだろう。いつか彼らが今の僕と同じ歳になったら、彼らもオールドを飲むだろうか。その時は、それぞれが見た花火の話を肴にして、一緒に飲めたらいいな。
 オールドよ、永遠なれ。遠い日の花火の谺(こだま)とともに。