笛吹きもぐらは旅をする

笛吹きの、慢性疲労症候群の療養日記。

bluejeans

 
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 「だって君は最初から部屋の中にいたじゃないか。そこで手紙を書いていたんだろう」
 彼は手を伸ばして、サングラスを外した。瞳の色だけは変えられない。
ギムレットを飲むには少し早すぎるね」と彼は言った。
 

 

 コロナウイルスによる緊急事態宣言の延長が決まった頃、大学時代の友人からLINEでメッセージが届いた。同窓会の誘いだった。それも、コロナで外出自粛が続いているからリモートでやろうよという誘いで、僕はとてもいい思いつきだと思った。その大学時代の友人というのは、心理学科の同級生で、当然、同じ専攻だった仲間の同窓会をやろうという提案だった。
 大学時代、心理学科の同級生は20余人いて僕たちは、在学中はもちろん、卒業後も仲が良かった。20代の頃には思い立てば声をかけあって飲み会を開き、数人ずつ集まっていたけど、さすがに卒業から20年近く経つとそれぞれの生活も住む場所も変わってしまって、なかなか集まる機会がなかった。もともと僕みたいな地方出身者が多かったし、そうじゃなくてもそれぞれに、結婚、転勤、Uターン、Iターンなんかで、散り散りになっていたのだ。最近では、ごく数人と年に一度年賀状をやりとりする以外では、消息を知ることもなかった。
 こんな言い方は許されないのかもしれないけどでも、コロナと緊急事態宣言は、いいきっかけだった。みんなで集まるとなれば、日時と場所を決めて、となるわけだけど、その場所がリアルでなくてもいいというのはコロンブスの卵だった。仕事でリモート会議システムの有料サービスを使っている仲間のひとりが、「じゃあ○日の〇○時に、このURLで」と、連絡を回してくれたのだけど、その連絡の文面が、「じゃあ○日の〇○時に、渋谷の〇○っていう居酒屋で」というのと全然ニュアンスが変わらなくておかしかった。
 もし渋谷の居酒屋に来いと言われたら、神戸に住んでいる僕は一泊する宿と往復の新幹線のチケットを用意し、家族に一泊二日の暇乞いをしなければならなかっただろう。そのハードルは、けっこう高い。時間的にも経済的にも大きな負担だ。僕には子どもがいるし、コロナのせいで今はとてつもなく暇だとはいえ、一応仕事もある。多分、渋谷には行けない。そしてその渋谷開催の飲み会に行けないのは、多分僕だけではなくて、島根に住んでいるあいつとか、名古屋にすんでいるあいつも無理だ。
 でもオンラインのリモート同窓会なら、ネットにつないだ端末の前に座って、指定されたアドレスにアクセスすればいいだけだ。僕はグラスと一升瓶を端末の傍らに据えて、ネット上の同窓会会場にログインした。
 もちろん集まれない何人かもいたのだけど、それでも20人近くの懐かしい顔が、僕の端末の15インチの液晶の上に集まった。卒業後した後には初めて顔をあわす仲間もいた。オンラインのリモート飲み会は不慣れだし、居酒屋でリアルに顔を突き合わせてやる飲み会と全く同じようにはいかなかったけど、僕は楽しくて仕方がなかった。それぞれの仲間の近況報告を聞くのも楽しかったけどそれ以上に、みんなの見た目と声とそれから…何と言えばいいだろう、人間性というか魂というか、まあとにかく僕たちが研究室で若造らしいアホ話に花を咲かせていた頃と何もかも全然変わらないことが面白くて仕方なかったのだ。
 死期が近いわけでも何でもないのにこんなことは言うものじゃないかもしれないが、僕は本当に友だちにめぐまれたと思う。彼らに比べて自分がどれだけアホでダメだったかと落ち込むほどに、僕の友だちはいい奴ばかりだ。そして彼らが、学生の頃と全然かわらずに、優しくて思いやりのある仲間でいてくれることが、ただただ有難かった。
 時々、「人と会うって、どういうことだろう?」と悩むときがある。目の前に、もちろんリアルに相手がそこにいて、お互いに相手の感じ方や態度を感じながら会話をしているのに、会話や視線がどこかかみ合わなくて、心通じ合えないと感じる時がある一方で、もう何年も会っていないしこれから先に顔を合わせることもないであろう古い友だちのことをぼんやり月を眺めながら考えていると、何となくその相手がすぐ隣にいるような錯覚を肌に感じることもある。先だってのリモート同窓会で、僕の両目が見ていたのは僕が使い古した端末の液晶画面にすぎないが、僕はその画素の羅列の向こうに間違いなく懐かしい仲間の心の温かみを感じた。人と会うというのは、物理的に2メートル以内の距離に立つことではない。
 リモート同窓会は日付が変わる頃まで続いた。さすがに遅くなりすぎたので、誰かが「そろそろお開きにしようか」と声をあげた。名残惜しかったけど、もちろんいつまでも続けているわけにもいかないので、「今日はおしまいだけど、また同窓会やろう。リモートだけじゃなくて、リアルの同窓会もやろうぜ」と約束して、みんな次々とログアウトしていった。うん、そうだよね、やっぱりリアルじゃないと伝わらないものもあるよね。
 リアルがすべてじゃないけど、リアルでなければならないこともある。